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旅の終わり


私たちはやっと、感情の海の中で立ち上がった。腰が抜けるほどの絶景。それを全身で感じた。


ハルにも。見せてあげたかった。あの景色を。この世界を。


悲しい記憶だったはずの彼は、今は光の中にいた。私の心は今、きっとこれまでで一番純粋なものになっている。そしてハルのことを思い出して、小さく笑う。

彼のことだから、なんだかもう、この世界を知っていそうだ。全てを見通すあの目。何よりも純粋な心。もしかしたら、私の近くにもう、いたりして。

そう思いながら、隣に座るルカをみる。後ろに手をついて、涙しながら空を見ている。

ハルは、感動した時、目を閉じて嬉しそうに泣く。


ルカも、目を閉じて泣く。それは嬉しそうというより、本当に幸せそうな微笑み。

ハルも、この景色を目にしたら、そんなふうに泣くのだろうか。

ルカがこちらを向いて、涙で頬を濡らしながら満面の笑みで言った。

「やっと、夢が叶ったな、リア!」

ドクン!心臓の音が高鳴る。夢。そう、私の夢。ずっと、思い描いてきた未来。私の希望の、その先にあった光。ずっとずっと、追い求めてきた。思ったのだ。叶った、と。厳密には、まだ叶っていないはずだ。私の隣にいるはずの人は、今はいない。ふと馬鹿げた考えが頭をよぎる。そして、呼んでみた。ルカに向かって。

「ハル!」

私の笑顔があなたに届いてほしい。そう、心から思いながら。でも、私のそんな思いの乗った大事な一言を、ルカは聞いていなかった。まだ感動に打ちひしがれている。


まあ、いっか。そう、思った。もしかしたら、彼は彼で、ハルはハルなのかもしれない。だけど、まあいいのだ。私の心の純粋な部分がそう言っているのだから、まあいいのだろう。

空に向かって、手を伸ばした。

きっといつか、幸せになれる。だって、失ったはずの今でも、こんな素晴らしい幸せに出会えている。大丈夫だよ、私。きっと、大丈夫。この景色を、この瞬間を。一生、覚えていよう。

一つ気がついて、ルカに質問する。

「ルカ、夢が叶ったなって、どういうこと?」

彼はもう泣き止んでいる。それでもまだ、全身に残る感動に打たれているように見える。

「ん?ああ、なんか、僕にもわかんない。急にそう、言いたくなったんだ。」

「ふふ、なにそれ。」

やっぱりルカは、どこか変だ。変だけど、そんなことはどうでもいい。この景色に出会わせてくれたのは、彼だ。立ちあがったその背中を見上げて、小さく呟いた。

ありがとう、と。



「リア。どうやって降りよう。」

しばらく経って、今更ながら気がついた。僕たち、ここから降りる方法がない。僕一人なら魔法でなんとかできるかもしれない。でも、リアと二人でとなると、魔法を使う手は厳しかった。リアが口を開く。

「さっきみたいな風の魔法を上に向かって打つのは?」

「それはもう試した。」

「ダメだったの?」

「ああ。この地面の、上に登る力が強すぎて、魔法じゃどうにもならない。今疲れすぎて起き上がれなくなってる。」

地面に横たわって動けない僕を、リアが起こしてくれる。

「でも、どうにかしないと。このまま待ってれば下に降りたりしないかな?」

「いや、ないと思う。というか、それを待ってたら日が暮れちゃう。」

すでにだいぶ低くなっている夕陽をみる。オレンジ色に照らされた雲海は、すごく幻想的だ。そんな景色を見ながら、ひとつ思いつく。

「リア、この地面を削っていくのはどうだろう。」

「削る?」

不思議そうに首を傾げる彼女を見て、なんだか自分が思いついていることが天才的な気がしてきた。

「そう。浮遊石っていうのは、単体では浮く力が全然強くない。だから、今たくさんあるこの地面を少しずつ削っていけば、僕たちの重さに負けて、ゆっくり降りていくとおもうんだ。」

「確かに!それでやろうよ!」

「よし。リア、短剣は持ってるね?」

「うん。」

「それで、端っこから削ぎ落としていこう。なるべく深い部分まで落とすようにしてくれ。」

「わかった。」

そうして僕たちは作業に取り掛かった。一気にたくさん取りすぎてしまうと、地面に着地したときの衝撃が大きくなる。慎重にやらなければ。少しづつ削っていると、ほんの少し、地面が下に降りているのを感じる。

「リア!もう、大丈夫だ!」

「うん。」

彼女も気がついていたのか、すごく慎重に削っていた。二人でテントに入る。少しずつ、高度が下がるにつれて気温が上がっていくのを感じる。リアが僕の方を見て、口を開いた。

「ところでルカ、旅の目的地はどこなの?」

「え?」

「私、今どこに向かってるのか教えてもらってないよ?」

「この旅はもう終わりだよ?もうあの国に戻る。」

「え?」

「え?」

「でもルカ、何かしたいことがあるから旅に出たんじゃないの?邪神討伐まで時間があるからって。」

「そうだね。それがさっき終わったんだ。」

「終わったって……あ!」

彼女が何かに気がついたように声を上げる。なんだろう。

「もしかして、ルカが言ってた、綺麗な場所、って、さっきの場所のこと!?」

「いや、別にさっきの場所じゃなくてもよかったんだけど。目的は、綺麗な場所に行くこと、だったから。」

「そういうことねえ。」

彼女は息をついて脱力する。ふと、思った。


どうして僕は、あの景色が見たいと思ったんだ?


おかしい。別に、僕は旅が好きなわけではないし、何か絶景が見たくなるきっかけなんてものがあったわけでもない。どうしてだろう。不意に、何か、湧き上がってくる感情があった。

悲しい。苦しい。たくさんの感情が、僕を埋め尽くし、押し潰していく。でも、一番は……。


誰かの思いに応えられない、自分への失望。


不意に流れた涙の意味はわからない。リアに見られないようにそっと、拭った。




地上につき、テントから出る。あんなに小さく見えていた木々は、もう僕たちよりもずっと大きかった。

それにしても、すごい景色だった。今でもあの感動がまだ残っている。リアも僕と同じらしい。大きな木を見上げて、ほうっと息を吐いていた。

日はもう沈みかけている。地平線が真っ赤に燃え上がっていた。

リアをみる。夕日に照らされる彼女の横顔は、本当に美しかった。最初に会った時に思ったこと。守りたい、という感情。消えないどころか、ますます強くなっている。

そう。僕は勇者だ。戦う動機なんて、なんでもいい。僕は、彼女のために戦おう。彼女と、彼女がいるこのせかいのために。それはきっと、最初からずっと決まっていたことだ。命をかけて、世界を守る。僕の使命。僕にしか、できないこと。


絶対に、やり遂げてみせる。その結果、彼女の元に帰って来れなくなるかもしれない。それでもいい。守るよ、リア。僕が、僕にしかできないことをして、君を守る。忘れない。そうだ。ずっと、覚えておこう。この世界の美しさを、君と一緒に。


僕の心に、閉じ込めておく。



覚悟は、簡単に決まった。

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