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夢見た景色

いきなり、強い風が前から吹き付けてくる。風の抵抗によって、歩く速度が落ちる。僕たちは街を出て、もう小一時間歩いていた。疲れているのか、リアの足取りが重くなっている。リアのことも気にしながら進まなければ。そう思って、リアに声をかける。

「リア、ちょっと休憩しよう。」

ほっとしたような顔のリア。僕って気が利かないなあ、と自覚する。

近くの木陰に座って、休む。荷物の中から、食料と水を取り出し、リアに渡す。

「ありがとう。」

気温は別に、暑いわけではない。汗はそれほどかいていなくても、かなり疲れているのがわかる。そうだ。こんな時に使える魔法があった。そう思いついて、何気なく彼女の頬に触れた。

「キャ!」

「おわ!」

触れた瞬間、彼女は座ったまま飛び上がる。それを見て気付いた。全く考えなしに触ってしまった。

「ご、ごめん、リア。その、ちょっと体力を回復させる魔法をかけようとしただけなんだけど…ごめん。」

慌てて謝る。リアの顔が少し赤い。怒っているのだろうか。彼女が息を整えて、言う。

「あ、ううん、別に、ちょっとびっくりしただけだから。」

「そ、そっか。」

「う、うん。」

なんだかよくわからない、変な空気が流れる。先に口をひらいたのは、リアだった。

「その、こ、今度はびっくりしないから、その、魔法、お願いしてもいいかな。」

「ああ、うん。」

そっと彼女の頬に触れる。あたたかくて、柔らかい。

まただ。また、あの夢が来る。なぜか今、そんな気がした。

目を閉じて、待つ。くるか。この頃になると、いつ来るかまでわかるようになっていた。感情の波が、押し寄せてくる。




彼女は、泣いている。僕がいるのは、真っ白いベッドの上。彼女はなぜ、泣いているのだろう。手を伸ばして、彼女に触れようとする。でも、その手が僕の感情に従うことはなかった。全身が、動かない。心臓がかろうじて動いているような感覚。なんで、動かない。愛する人が、こんなに悲しそうに、こんなに苦しそうにしているのになぜこの手は、動かないのだ。触れたい。その熱を、感じたい。なんで。なんで。この手が君に、届かないんだ。





「ルカ?」

彼女の言葉に、現実に引き戻される。ここは、小さな木の下。隣にいるのは、リア。

今のは一体………。わからない。忘れよう。

僕の体は、熱を感じている。彼女にふれた手のひらから彼女の体へと、魔力を流し込んでいく。

「どう?」

手や首などを動かして確かめるリア。

「すごいよ、なんだか力がみなぎってるみたいに感じる!ありがとう、ルカ!」

「それなら良かった。」

少し安堵する。そして僕たちは休憩の続きに戻る。食料を包んでいた袋を開けて、彼女が言う。

「ルカ、これ、何?私見たことないよ。」

彼女が手にしていたのは、オレンジ色の球体のようなフルーツだ。僕が旅の途中でしばしば食べているものだ。

「それは、木になるフルーツの一種だよ。結構甘くて美味しい。」

「どうやって食べるの?」

「食べ方は別になんでもいいと思う。」

「わかった。」

そして食べ物とにらめっこする彼女。どこから食べたらいいか、迷っているのだろう。次の瞬間、強く握られすぎたフルーツが、小さく開いた穴から、彼女の顔に向かって果汁を飛ばす。僕は思わず声を上げて笑ってしまった。

「はははは!」

「ちょっと、ルカ!笑わないでよう。初めてなんだから、しょうがないでしょう?」

「そうだね、ごめん、ごめん。」

「まだ笑ってるよ?」

「ぶははははは」

「もうーいや!」

くだらないやり取りが、こんなにも楽しい。勇者としてのこの旅の中で、こんなふうに笑える自分を想像していただろうか。リア。彼女がいてくれるおかげで、僕の旅は何倍も楽しいものになっている。

「ありがとう、リア。」

思わず呟いた。でも、フルーツと戦っている彼女には聞こえていなかったみたいだ。もう一度聞こえるように言おうとして、止める。その言葉を、今ここで簡単に出してしまうのは、すこし違う気がした。

街を出発したのは夕方だった。もうすぐ夜になる。寝る場所を確保しなければ。

「リア、そろそろ行かないと。夜になっちゃうと、面倒だ。」

「そうだね。よし、行こう!」

荷物をまとめて、また歩き出す。さっきから思っていたが、改めて気がつく。この辺りには、魔物がいない。普段人が来ることのない場所だから、魔物も寄り付かないのだろう。でも、今の僕たちにはそれが本当にありがたい。

「リア、どうせなら、見晴らしのいいところにしよう。」

「うん!」

嬉しそうにうなづく彼女。

しばらくして、良さそうな場所を見つける。少しひらけていて、空を遮るものが何もない場所。ここにしよう、とリアに伝えようとした時、後ろから、ひゃっと言う声が聞こえた。

「リア?どうした?」

後ろを振り返る。そこにあったのは、すごく不思議な光景だった。

リアの体の周りを、小石が列になって飛んでいるように見える。次第に、リアを中心とするかのように、螺旋状の石の線ができる。そしてそれが、パッと光った。光ると同時に、ゆっくりと、空に上がっていく。それを呆けて見送る僕とリア。

「いまの……なんだったの?」

まだ興奮が冷めないといった様子で、リアが口を開く。

「きっと、今のは浮遊石だと思う。」

「浮遊石?」

「うん。聞いたことがある。特別な魔力がこもっている石で、すごく軽いらしい。だから、空に飛んでっちゃったんだと思う。」

「浮遊石、かあ。すごく綺麗だったね。」

「うん。」

日は落ちかかっている。急がなければ。僕たちはその場で、今夜寝るための準備をしていく。僕は荷物からあるものを引っ張り出した。これまでは地面にシートを引いてごろ寝だった。でも、きっとこれがあれば、随分と快適になるはずだ。

「わあ、テント!!」

僕がテントを設置しているのに気がついたリアは、声を上げる。

「すごい!」

「これ、あの街で買ったんだ。これから必要になると思って。」

「すごいよ!!きっと、ずいぶんと夜が楽になるね。」

はしゃいでいる彼女に笑顔を向けながら、テントの中に入る。中は、そこそこ広い。4人は余裕で入るくらいだ。

「リア。入って。」

「うん。」

確かに、前よりは数段すごしやすかった。でも、より間近で感じられるようになった彼女の寝息は、僕の心臓に少し、よくない気がする。


朝、目が覚めると、何か違和感があった。今見ている景色は何も変わっていない。でも、確かに何かがおかしい。少しテントの外に顔を出し、外を見た僕は、しばらくポカンとしていた。やっと出た言葉はたった一音。

「………へ……?」

テントの少し先の地面。そこにあったのは、地面ではなかった。いや、ものですらなかった。そう、そこには。

「………へ………?」


空が、あった。


どういうことだろう。目を凝らしてよくよく見てみる。そこにあるのは、やっぱり空だ。テントから少し先の地面は途切れ、そこから先は空が続いている。すごく青い空だ。ところどころに雲が浮いている。なぜかそれは、自分たちと同じ高さにあった。

ひとまず、リアを起こそう。

回らない頭でそう考えて、後ろを振り返る。リアはまだ寝ていた。

「リア。リア、起きて!」

そう声をかける。それでも彼女は起きる気配がなかった。昨日長時間続けて歩いたせいで、やはりかなり疲れていたのだろう。そんな彼女を起こすのは少し申し訳なかったが、状況が状況だ。仕方ない。

彼女の肩を揺さぶる。

「リア、リア!起きて!」

少し大きい声で言う。彼女が少し目を開いて、数回瞬きをした。いつも思うが、彼女は寝起きが悪い。放っておいたら何時間でも寝ていそうだ。

「リア。起きた?」

ふわあ、と大きくあくびをする彼女。僕の顔を見て少し驚いたように目を見開いた。

「ルカ、どうしたの?そんな顔して。」

今の自分がどんな顔をしているのかは僕も知りたい。そんなことより。彼女の手を引っ張って、テントの入り口を少し開け、外を見せる。案の定、彼女も僕と同じ反応だった。ポカンと口を開け、少し先を凝視している。

「え?ルカ。これ、どういう状況?」

「僕にもわからない。」

そっと、僕はテントから外に出てみる。周りを見渡して驚き、理解した。もっとも、理解できたのは今の状況だけだ。どうしてこうなっているのか、見当もつかない。テントに戻り、リアに情報を共有する。

「リア!僕たちは今、浮いてる!」

「え?」

よくわからないといった表情の彼女。当たり前だ。

「このテントを設置したあたりの地面ごと、宙に浮いてるんだ。」

「どうしてそんなことに?」

「それがわかんないんだ。とにかく、リアも外に出てみて。」

「うん。」

そっと、テントから這い出る2人。そして立ちあがった。

「本当だ……浮いてる……!」

テントを囲むように、地面があり、その先はもう何もなかった。僕たちは少しずつ移動して、その端へと辿り着く。その光景に息を呑んだ。

「うわあーーー!」

「すっごい……!」

僕たちは、空高く、地上にある木々が本当に小さく見えるほど、高く飛んでいた。僕たちより低い位置にある雲の隙間から、地上が小さく見える。

ふと横を見ると、目の前に雲が迫っていた。雲の中は危険だと聞いたことがある。

「リア、雲が迫ってる。一旦テントに入ろう。」

「あ、うん。」

リアとテントの中に戻り、出入り口を閉じる。気温とテントに当たる風の音で、雲の中に入ったのがわかった。

「ルカ、私たち、今なんでこんなことになっているの?」

「それは僕もわからない。昨日寝る前、何かおかしなことがあった記憶もないし……」

そう考え込んでいると、リアが突然立ち上がった。

「あった!あったよ、おかしなこと!」

「え?」

思い返してみても特に……と、そこまで考えた時点で気がついた。そう、おかしなことがあった。それは、

「浮遊石!」

「それだ!」

僕が言う前にリアが言う。浮遊石。昨日の夜、浮遊する不思議な石を見たのだ。だとするともしかしたら。

「リア、多分このテントのしたの地面、全部浮遊石でできてるんだよ!」

「そっか!だから、このテントごと丸ごと持ち上がってるんだね!」

「ああ、きっと、そうだ。」

やっと納得がいく。そうなると、どうやって下に降りるか、考えなければならない。それに、風に押されて動いているのだ。今ここがどこかもわからなかった。

風の音が途切れる。雲を抜けたのだ。

「ルカ!魔法で、風を出したりできないの?」

「風?できるけど……」

「じゃあ!このテントが乗ってる地面ごと、ルカが風で操作すればいいんだよ!そうしたら、どこへでも行けちゃう。」

それは名案だ。彼女の頭の回転の素早さに感心する。僕とリアはテントから出る。そしてもう一度端に行った。したは雲に隠されていて見えない。それでも、僕たちの目の前に広がるのは、とてつもない広さの、綺麗な雲海だった。

「すごいね……」

「うん。すごく、綺麗だ。」

試しに、適当な向きに向けて、風を出す魔法を使ってみる。

プシュー。

「おわっ!」

動いたのは僕の方だった。それも当然だ。僕とこの浮いてる地面を固定しなければ。テントの中から適当な長さの、頑丈そうな棒を持ってきて僕の後ろの地面に刺す。これで、固定はできるはずだ。もう一度魔法を使う。すると、少し、前方に動いた。

「やった、リア!操作できる!」

「すごい!」

これで、本当にどこへでも行けるようになってしまった。ひとまず、地面が見えなければどうにもできない。僕たちの真下に広がる雲海の、途切れている場所へ向かう。

もう少しだ。地面が見え始める。力を込めて、魔法を出し切る。そしてリアの隣に戻った。そして、端から下の景色をのぞく。

「な………」

まともな言葉が出なかった。リアに至っては、言葉を忘れてしまったかのように、呆然としている。


この世のものとは思えない、絶景が存在していた。


感動。そんな言葉じゃ表せなかった。これまでの全てを、忘れるような光景。悲しいことは全部、吹き飛んだ。嬉しかったことも、今だけは全部、吹き飛んでいく。

真下に広がるのは大海原。遠くに小さく見える都市。高くそびえ立つ山々。天使の歌声のように、光が降り注いでいる。


こんな景色を見たのは、きっと僕たちが最初だ。もう、こんな絶景には、二度と出会えないかもしれない。

遠くに見える湖面が光を反射して、視界の中に光の輪の鎖が生まれる。そして地面を照らす雲間から差す光の束。


どうして。どうして、この世界はこんなにも美しいのだろう。

いつの間にか、目からは涙が溢れ出していた。呆然と立っている僕の隣に座るリアも、目の前の光景のあまりの美しさに、涙を流していた。


やがて雲がその景色を覆い、美しさを閉じ込めるかのように、蓋をした。景色は再び雲海へと戻る。

僕は、力が抜けたように、その場に座り込んだ。信じられない光景を目にしたのだ。感動の感情がずっと、僕たちの中で荒ぶっている。涙はまだ止まらなかった。これは、悲しい涙じゃない。嬉しい涙でもない。悔しさの涙でもない。怒りの涙でもない。きっとそれは、この世界に一つしかないもの。心の底から思う。


人間の、一番美しい涙だ。




僕たちはしばらくそのまま、座り込んでいた。言葉など必要なかった。お互いにその感動を共有する必要なんてなかった。全身で受け止めたのだ。あの景色を。あの感動を。


「ねえ、ルカ。」

そう話し出すリアの声は、涙と混じり合っている。それは僕も同じ。

「私、私……この世界にきて………本当に………よかった……。」

その思いは、痛いほどわかる。彼女の涙は激しくなっていく。だんだんと、しゃくりあげる音も混ざる。そして、言った。

「生きていて………よかった………。」


僕には、今の彼女の言葉の意味の深くまではわからない。言葉通りの意味なのか、それとも、その深くに彼女の本当の心が象られているのか。

それでも。

その思いは、僕の思いときっとどこか、繋がっている。そう感じるのは気のせいだろうか。何か、僕の気の迷いなのだろうか。


いや、違う。僕は今、生きている。旅をして、食事をして会話をしている。僕は今、確かに生きている。

そして。


「君と、一緒に……いる…。」


なぜかずっと、この景色を、君と、二人で見たがっていたんだ、僕は。

その言葉に彼女が振り返り、笑う。細められた目から飛んだ二人の涙の粒は、何にも遮られない太陽の光を浴びて、キラキラと、この世界を映した。



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