過去
おかしい。何かが変だ。この家で過ごすにつれ、感じていた違和感が大きくなっていく。
「私、実は貴族だったりするのかな?」
そう思ってしまうのも仕方がないのではないだろうか。今私のいる環境は、あまりにもおかしかった。それに、ここ2日くらい、ルカの姿を見ていない気がする。
「なんかもう、わかんないよ。」
はあーっと息をつく。この国についてからすでに3日ほどがたっていた。女王様に謁見したあとに案内されたこの屋敷。部屋に通されたときは、本当にびっくりした。ここ、王女様の部屋?ってくらいに豪華な部屋。天蓋付きのベッドに、高そうな絵画。どれも、どこか現実離れしている高級感を持っていた。おかしいのは部屋だけではない。朝起きればノックの音とともに扉が開き、紅茶を載せた台が運ばれてくる。着替えなども全部用意されていて、私はそれを身につけるだけ。食事も毎食、高級レストランか何かで出てくるような料理。経験したことのない金持ち気分だった。
「そもそもルカはどこで何してるのよ。いっつも留守じゃない。」
ベッドに転がっている私は一人愚痴る。使用人たちにルカの居場所を聞いても、外出中で、どこに行っているのかもわからないという。
「ルカは勇者で、邪神を倒さないといけない。それで、私は彼の旅に同行している。」
ルカを助けたい。その一心で。邪神を倒さなければいけないのに、私は今こうしていていいのだろうか。もしかしてルカは、もう邪神を倒すために動き始めている?わからない。この国に入ったとき、彼は「後で説明する」と言った。一体いつになったら説明をしてくれるのだろうか。私は魔法も使えない。おまけにこの世界のことを何も知らない異世界人だ。ルカを助けるといっても、なにかできるのだろうか。今思えば、ルカは元々1人で旅をしていたのだ。そこに、私が無理言って、ついてきているだけ。
「私って、邪魔、なのかな⋯。」
ぼそっと呟いた。
「そんなことないぞ?」
「ヒャッ!」
突然後ろから聞こえてきた声に驚き、ベットから転がり落ちる。いつの間にか扉は開いていて、ベッドの横にはルカが立っていた。手を取って助け起こしてくれる。
「ルカ!驚かさないでよ!もう。」
「いやあ、だって、部屋のドアが開いていたし。なにかボソボソ呟いてるし。気になるじゃないか。」
「え?ドア開いてたの?」
そういえば、考え事をしながら部屋に戻ってきたから、閉め忘れていた気もする。
「そんなことよりも!」
「うん?」
首を傾げるルカに向かって質問をぶつけまくる。
「この2日間、私に黙ってどこに行っていたの!?そもそもこの国は何なの!?この屋敷は?私は貴族か何かなの!?」
「ちょっとちょっと、落ち着いてよ、リア。」
「だって!説明してくれるって言って、全然してくれないじゃない!ぷふぇっ!」
膨らませていた頬に、ルカの指がささる。
「なにするの!」
「いや、なんとなく?」
落ち着いているルカの様子を見ていると、なんだか私の心も静まっていくような気がする。
「まあ、そろそろ説明しようと思っていたんだ。僕の部屋で話そう。」
私はルカについて部屋を出た。
どこから話したものか⋯。リアを前にして、僕は考え込んでいた。説明すると行ってリアを部屋に呼んだものの、いまだじぶんのなかでもせいりができていないのだ。そもそも、リアはこの世界の住人ではない。どこか別の世界から来た人間だ。話したところで信じてもらえるのだろうか。そんな不安がよぎる。
「ううーん⋯。」
頭を抱えていると、催促の声が飛んでくる。
「ルカ。早く。」
テーブルを挟んで目の前に座った彼女を見る。肩までのきれいな髪に、大きな瞳。ふわふわとした話し声。そのすべてが、こことは違う、別世界を感じさせる。
「わかった。話すよ。」
リアが身を乗り出す。
「いい、リア。僕がこれから話すことは、すべて事実だ。それを信じていてほしい。」
「うん。わかった。」
「それじゃあ、一番最初⋯僕が生まれたときのことから話そう。」
静かな部屋に、僕の声だけが響く。
僕が生まれたのは、ノルド村、という、田舎にある小さな村だった。小さな小川や丘なんかがそこかしこにあって、自然の豊かな村だ。村人は100人も居ないくらい。だから当然、村人同士のつながりも深い。誰が怪我をした、とか、誰に子供ができた、とか言う情報がすぐに村のあちこちに伝わる。小さな村だから、子供は少ない。僕が生まれたときも、それはもう大騒ぎになったらしい。
僕が2歳になったころ。家の近くの草原に一匹の動物が現れた。本当に不思議な犬なんだ。どこか奇妙で、どこか安心感を与えてくれるような目を持っていて、犬のような見た目だった。僕はその動物を飼うことにした。名前は「ヴィス」この名前は、二人目が生まれたとき、男だったらつけようとしていた名前だったんだって。父さんが言ってた。ヴィスを拾ってまもなく、僕の兄弟が生まれようとしていた。でも、残念ながらこの世界の空気に触れることはなかったんだ。
「残念ながら⋯って、その子、死んじゃったの?」
言葉を切った僕に、リアが話しかけてくる。
「ああ。お腹の中に居た子供は死んでしまった。その子だけじゃない。あの日、あの時村に居た人のほとんどが、命を落としたんだ。」
「どういうこと?」
もう薄くなった記憶を僕の中からなんとか引き出しながら答える。
「邪神だ。」
あの日はすごく天気が悪かったと思う。もう夏だと言うのに、いきなり雪が降ってきた。ただそれが、本当に、本当にきれいだったんだ。夏の夜に、静けさとともに降りてくる冷たさ。僕も村のみんなとともに外に出た。僕の家族も含めて、みんなが空を見上げ、降ってくる雪に当たっていた。だけど。僕は、本当に怖かったんだ。雲一つないきれいな星空から降ってくる雪。僕は家の中に逃げ帰ろうとした。でも、次の瞬間。バーンって言う音とともに、空が光ったんだ。虹色の光に照らされた村と、呆気にとられる村人たち。そこからのことはもう覚えていない。気づいたら大きな都市に居たんだ。僕は通りかかった行商人に助けられたらしい。その人が言うには、僕以外の人はみんな、どこにも居なくなっていたらしい。そして、ヴィスが僕のことをかついで軽いていたところを見かけて、連れて行ってくれたんだ。その事件があってから、ノルド村はこう呼ばれている。
「影を喰らう里。」
「影を⋯喰らう⋯?」
話し始めたときに比べてずっと、部屋の温度が下がったような気がした。
「そう。これまで世界では、邪神という存在は魔物を発生させるものだという考えが一般的だった。だから、邪神が直接村を襲うことなんて、初めてだったんだ。当時は世界中が大騒ぎになったよ。だけど実際には、それから邪神が人里に現れることはなかったんだ。」
この世界の人々は皆、5歳になると洗礼を受ける。僕も、街の子供達と一緒に洗礼を受けた。そこでわかったんだ。僕が勇者だってことが。
そう、僕にとってあの洗礼は、祝福を与えてくれるものなんかではなかった。ただの、呪いの継承の儀式。でも、そんなことを彼女に言うわけにはいかない。まだ、伝えていないのだ。勇者の運命について。
「それから僕は、いろんな人のお世話になった。宿屋に住まわせてもらったり、ね。それで、ついこの間、旅に出発したんだ。」
「そういうことだったんだ…。」
「ああ。」
「それじゃあ、この国は、なんなの?どうして私たちはこんなに、よくしてもらえてるの?」
話さなければならない。リアに。邪神と戦った勇者がその後、どうなるか。話していいのだろうか。話した後、彼女はどんな顔をするだろうか。
「リア。」
「うん。」
「また明日、話すよ。」
「え?明日?なんで?」
「ごめん、僕少し疲れてるんだ。」
僕は本当に卑怯だ。優しい彼女なら、この言葉を使えば妥協してくれる。それをわかった上で、逃げているのだ。彼女に説明する責任から。
「わかった。明日、ちゃんと聞かせて。」
「うん。」
僕はそうして、逃げ続けている。




