6.提案と栄光
竹内課長の決断は早かった。佐藤の提案は「省スペース化とDXの推進」という、いかにも上層部が好みそうなパッケージにまとめられ、トントン拍子に実施が決まった。
1. 栄光の陰で
削減されたスペースには、パーテーションで区切られた真新しい「開発工作室」が設置された。会社の総務部からも「今期の最優秀改善事例」として表彰されることが内定し、部署内はお祝いムードに包まれている。
「田中さん、見ましたか? あのスッキリしたフロア。古い考えを捨てれば、これだけの可能性が生まれるんですよ」
佐藤は勝ち誇った顔で、備品棚を整理する慎吾の背中に声をかけた。隣では竹内課長が、満足げに新しい工作室のドアを見つめている。
「まあ、田中も長くこの業界にいるんだ。現場の『予感』とやらを大事にするのは勝手だが、これからは数字と効率の時代だよ。君の言っていた納期遅延の懸念、今のところデータには全く出ていないじゃないか」
竹内課長は鼻で笑い、佐藤と肩を並べて去っていった。二人の背中には、自分たちが「正解」を導き出したという絶対的な自信が溢れていた。慎吾は反論を飲み込み、縮小された備品エリアの狭い通路で、一人黙々と在庫の数を確認し続けた。
2. 静かな共犯者
夕方、フロアの喧騒が収まりかけた頃、小野寺葵が静かに慎吾のそばへやってきた。彼女の手には、いつも通り何の変哲もない事務書類の束がある。
「…田中さん。私も、わかりますよ」
葵は周囲を警戒するように声を低くした。その瞳は、昨夜の酔いの中の妖艶さとは違う、冷静で鋭い光を宿していた。
「今はたまたま、端境期で受注が少ないだけ。この改装工事が終わって、生産ラインがフル稼働し始めたら…間違いなく、ここ(備品庫)はパンクします。現場からのクレームで、あの作業室は物置に逆戻りでしょうね」
慎吾は、驚いて彼女を見た。彼女もまた、この部署の「真実」を、数字の裏側を見抜いていたのだ。
「小野寺さん…」 「でも、今は誰も耳を貸さない。みんな『表彰』という目先の果実しか見ていないから」
3. 加藤の影
葵の視線は、新しく設置されたばかりの最新型3Dプリンターへと向けられた。工作室の目玉として導入されたその高価な機器には、ある人物の意向が強く反映されているという。
「あの3Dプリンター…加藤が導入を強く推したらしいですね。次世代の試作拠点を作るっていう名目で」
慎吾はその事実を知り、胃のあたりが重くなるのを感じた。
かつての同僚、そして葵の元婚約者である加藤。彼は本社の企画部門から、この地方部署の改善活動を「支援」するという名目で、高額な設備投資を承認させていた。
「加藤は知っているはずだ。こんな場所に3Dプリンターを置いたところで、誰も使いこなせないし、スペー
スを圧迫するだけだってことを」
慎吾がつぶやくと、葵は悲しげに、そして冷ややかに微笑んだ。
「ええ。でも、彼にとっては『最新機器を導入させた』という実績さえあれば、中身はどうでもいいんです。田中さんを追い出して空けたスペースに、自分の息のかかった置物を置く。それが彼のやり方ですから」
二人が見つめる工作室の奥で、3Dプリンターの電源ランプだけが、不気味に青く点滅していた。




