5.業務改善の会議
その日の午後、部署では竹内課長の音頭で、「業務改善」をテーマにした会議が開かれた。会議室は、いつもと変わらぬ冷たい空気で満たされている。
竹内課長は、渋い顔をしながらも、形式的な会議を粛々と進めていた。異動組の田中慎吾が発言する機会は、当然のように回ってこない。
会議の中心で張り切っていたのは、若手の佐藤健太だった。
「…ということで、現状の備品スペースは過剰です。特に旧式の在庫棚はデッドスペースが多く、これらを整理し、最新のコンパクトな棚に切り替えることで、30%のスペース削減が可能です!」
佐藤は、プレゼン資料をスクリーンに映し出し、自信満々に提案した。その勢いは、まるで自分がこの部署のリーダーであるかのような錯覚を抱かせる。
慎吾は、その佐藤の提案を聞きながら、手のひらに汗をかいていた。
「(スペース削減…そんなことをしたら、どうなるか)」
慎吾は、この部署に来てから密かにデータを集めていた。最近の生産増加と、それに伴う納期の遅延傾向。もし在庫スペースを無理に削減すれば、必要な備品の補充サイクルが間に合わず、さらなる遅延を引き起こすのは目に見えている。それは、かつて自分が率いたプロジェクトの「備品発注担当」だった佐藤には、想像もつかない、全体像を見通す者の視点だった。
慎吾は、発言を求められていないにもかかわらず、手を挙げた。
「佐藤くん。スペース削減は結構ですが、最近、C品番の在庫回転率が急激に上がっています。ここで一律にスペースを削ると、補充が間に合わず、現場からのクレームが増える懸念があります」
慎吾の指摘は、データに基づいた、冷静で的確なものだった。
しかし、佐藤はその言葉に、顔を赤くして、次第に怒りをあらわにした。
「田中さん!それはタラレバの話でしょう!我々は未来志向で議論しているんです。過去の経験論で足を引っ張るのはやめてもらえませんか!そもそも、田中さんのように、ろくに現場を回らずデータばかり見ている人には、この改善の意義はわからない!」
佐藤は、かつて自分の上司だった慎吾を、完全に格下として扱う態度だった。
そして、佐藤は勢いづき、矛先を慎吾の仕事ぶりにまで向け始めた。
「それに! 田中さんの業務引き継ぎ以降、備品の管理記録が妙に細かいんです! 前の部署の癖かもしれませんが、備品管理にそこまでの過剰品質は不要でしょう。いちいちグチグチと難癖をつけて、本当に生産性を下げているのは、田中さん、あなたのやり方の方じゃないですか!」
佐藤は、竹内課長の顔をチラリと見た。課長は、眉間に深い皺を刻み、渋い顔をしていたが、慎吾の仕事ぶりへの不満を聞くと、小さく頷いた。
「…佐藤の言うことも一理あるな、田中」竹内課長は、ついに口を開いた。「新しい部署に来たんだ。前の部署のやり方に固執されても困る。確かに、効率を考えない『過剰な真面目さ』は、うちの部署のスピードには合わない」
課長は、あくまで佐藤の話を肯定的に受け止め、慎吾を非難した。
慎吾は、ぐっと唇を噛み締めた。正論をぶつけても、過去の「部外者」のレッテルと、権力者の承認欲求の前では、無力だった。彼は、自分の意見が、この部署では単なる「グチ」として処理されることを理解した。
会議室の隅で、小野寺葵は、ただ静かにノートにペンを走らせていた。彼女は、慎吾と佐藤、そして竹内課長のやり取りを、一切表情を変えずに記録し続けていた。しかし、そのペンの動きだけが、僅かに速くなっているように、慎吾には見えた。




