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案の定、と言うべきか。

俺がまず殺しにかかり、俺をまず殺しにかかってきた相手は、Aだった。

俺とA。そしてBとC。この二組がまず殺し合うことになるかな……と、思っていたのだが、ただし、そこまでの案の定ではなく。

Bが、自分に向かってきたCを無視して、俺に飛びかかってきたのだ。

「!?」

意外や意外。それでこそ狂人だ。

あわや2対1の展開になるかとも思ったが、その予想外の行動に出たBを見て、俺だけでなく、俺を攻撃しようとしていたAも一旦退いて距離を取ってくれたのが幸いして、俺はBとの1対1になった。

暗くて見えないが、Bの動きと音のリズムからして、恐らく俺の頭部を横から警棒で殴りつけてくるタイミングは、この辺り……

「っ!」

俺が素早くしゃがみ込んだと同時に、俺の頭上を(かす)めるように、ぶん、と、音が通過していく。俺はそのままBにタックルを仕掛け、テイクダウンを狙う…と見せかけて、コンパスの針をBの胸に素早く刺した。

いや、別にこれで殺せるとは思っていない。コンパスの針じゃ心臓には届かないだろう。精々、大胸筋に穴を開けるだけだ。

でも、それで良い。Bの気を散らすことができれば、それで。

「ふんっ!」

「ぐっ!?」

俺は思い切り、Bの股間を膝で蹴り上げた。

Bは女性だ。玉とかはついていない。だからそういう人間は、自分が股間に蹴りを食らうとは想定しなくなるのである。

恥骨という、明らかな急所があるのにも関わらず。

「っ?」

流石に、俺の横からAが、Bの背後からCが、それぞれ俺達二人の悶着に乗じて殺してやろうと向かって来ているので、これ以上は一旦離れなければならないと思って、Bに膝蹴りを入れてからすぐに、俺は全員から距離を取るようにステップバックしたのだが……

流石は狂人だ。

Cが、股間の痛みで足を止めたBのその隙を突くように、あたかもそれが俺との連係プレーであるかのように、すかさずBの首の側面を後ろから切り裂いた。

異常に足音の少ない忍び足で素早くBの背後まで接近して、カッターで思いっ切り、Bの首を素早く切り裂いた。

何だその忍び足は。何だその歩法は。

この小僧、その若さで一体どうして……と、困惑する一方で、誠に不謹慎ではあるが、本当に良い音を立てて切り裂いた痛快な不意打ちに、俺は思わず惚れ惚れしてしまった。

「っ!」

この時点で、Bは恐らく頸動脈を損傷していたのだろう。

しかし、人は頸動脈を切られた瞬間に動けなくなる訳ではない。首を絞められた時のように、脳に血液が足りなくなってエネルギー切れになってしまった時に初めて、意識を失って動けなくなるのだ。

だからBもそれまでの猶予を利用して、振り返りざまにCを警棒で殴りつけようとしたのだが……

あんな風にBを迷わず追いかけるようにして首を掻っ切りに来るような執拗な殺意を見せたCは、こともあろうにその瞬間、踵を返してBから逃げ出した。

いや、距離を取ったと言うべきだろう。どこまでも逃げ切ろうという訳ではなく、10mくらいの距離まで離れたところで立ち止まったのだから。

「…!」

Bは必死だった。文字通り必死に、とにかく誰でも良いから道連れにしようと、今度は俺に殴りかかってきた。俺も咄嗟(とっさ)に距離を取り、その時に気付いたのだが、Aの奴も既に距離を取っていた。

俺はひたすら、警棒を振り回すBから逃げ回る。

Cに(なら)って、Cを真似てやったとは言え、やってることは俺もAも同じだけれども、しかし初めにこういう動きをやり出したC、初めにこういう戦法を思い付いたCは、あまりにもずる賢く、あまりにも狡猾で、あまりにもいやらしいと言うしか無い。

いやらCと言うしか無い。

Bの頸動脈をしっかり切断して、その後Bが力尽きるまで逃げ回るなんて、こんなに性格の悪い、しかして合理的で効果的な戦い方があるだろうか。

狂人、まさしく狂人だ。

それでこそ、この場に集うだけの価値がある。

この場で繰り広げられる小さな物語に登場する資格がある。

「ぅ………」

ばたっ、と、遂にBは力尽きて、顔面から倒れ伏した。

Bはそれきり、動かなくなった。


「好きだぜ、Cくん」

「歳の差・同性カップルとか嫌ですよ!」

今度は俺が、Cを殺す番だ。

ありったけの殺意を、19歳の男の子に向ける。

はは……ここに来て良かった。

終わって肉塊になるには、実に良い日だ。

「うん、知ってた」

「…っ!」

と見せかけて、俺が襲いかかったのはAだった。

こいつを殺す。まずはお前からだ。

と思ったのだが、それは完全に読まれていたらしく、Aは当たり前のように俺の刺突を避け、カウンター気味に俺の顔面へ酒瓶を叩き付けてきた。

「ぐっ…!」

鼻血が出る。鼻の上のほうが熱い。

まずいな、Cも横から向かって来ている…!

「ずあっ!」

「うおぉ!?」

俺も、予想外のカウンターに少しパニックになっていたのだろう。咄嗟の反撃として俺がコンパスの針で狙ったのは、Aが持っている酒瓶だった。

Aそのものではなく、ここで敢えて狙われるとは思わないであろう武器を狙う。これは俺の癖なのだ。

つい癖で、武器を狙ってしまった。

「あぅっ…!」

横から、Cくんが怯んだような声が聞こえる。恐らくは割れた瓶の破片が眼にでも入ったのだろう。

ガラスというのは、思っているより頑丈だ。アクション映画で出てくるような飴で出来た偽物のガラス瓶とは違って、本物のガラス瓶は人間の頭蓋骨とどっこいどっこいの強度を持つため、殴る角度によっては人間の頭蓋骨など容易く砕ける程度には硬く頑丈だ。

しかし、針で思い切り刺してしまえば流石に割れるだろう。何せガラスという結晶物質は、無理な力がかかってヒビが発生すると、そのヒビがたちまち全体に広がって割れてしまうように出来ているのだから。勿論、針も針で折れ曲がってしまうけれども……

だがそれとは別に、俺の考えは浅かった。

考えてもみろよ、俺。ガラス瓶が割れたら、更に強力な凶器と化すだけじゃないか。

「おおっ瓶が割れ…あ!刺しちゃえー」

やばっ…!

「と見せかけてこう!」

「ぐお!?」

Aも相当、場数を踏んでいるらしい。

自分の持っている瓶が割れて、瓶の中腹辺りから先が消失してから1秒も経たずに、殴るための道具としてではなく刺すための道具であるという認識に、自分の手にある道具に対する認識を切り替えたのだ。

そうして俺の首を刺そうとしてきたため、俺は頭を横に動かすヘッドスリップで反射的に避けようとしたのだが、Aはその瞬間に素早く足を上げ、俺の股間に足の甲で金的蹴りを浴びせてきた。

こいつ、やり慣れてるな。こういう、スナップを効かせまくってて軽いけど速い金的蹴りが咄嗟に出てくるっていうのは、相当な熟練者だろう。

ぺちぃぃん、と、俺の股間が音を鳴らし、遅れて苦痛が来る。

「うい」

「ぐおぉえあ゛あ゛!」

俺は男だ。今更、本当は女でしたみたいな叙述トリック的な展開は無い。だから俺の場合、股間を軽くペチンと蹴られただけでも…むしろ、そうやってスナップだけの蹴り方をされたほうが、めちゃくちゃ痛くて苦しいのだ。

流石にそれで、怯んでしまった。

そして、今度こそAの瓶の鋭い断面は、俺の喉元の辺りを突き刺したのだった。

「ぐ、ごはぁっ!ぉ、ぉうぅぐ…!があぁっ!」

深々と、喉元の辺り、首がある位置に突き刺さった。

俺の身体から噴き出た血液が、辺りに舞うが……

思わず俺は、手に持ったコンパスの針を、ヤケクソになって振り回す。

ちょうど先程、Bがそうしたように。

誰かを道連れにしようと、誰かと刺し違えようと、取り敢えずAに襲いかかる。

「おっと!おっとっと!」

しかし、悲しい(かな)

これまた先程、Bの時と同様に、Aは俺から距離を取ったのだ。俺を仕留めにくる動きから、俺から逃げ回る動きにシフトしたのだ。

俺は焦って、今度はCに襲いかかるが……

ああ……やっぱりな。

そりゃそうだよな。相手に致命傷を与えてから逃げる動き、逃げる戦法を最初にやり出したのは、他でもないCなのだから。

そりゃ逃げるよな。

「ぁ…あぁ……ぅ……」

二人を追いかけ、闇雲にコンパスを振り回しているうちに、だんだんと俺の身体の動きが遅くなり。

徐々に身体の力が抜けて。

AとCに、いやらしく狡猾にずる賢く見守られながら。

ついに地面に崩れ落ち、俺は倒れ伏した。


俺の身体は、動かなくなった。


「さあて、二人っきりだね…///」

「なんか、最年少と最年長が最後に残るってのも、面白い展開ですね。あはは」

「Cくん、おじさんはねえ、最近ちょっと溜まってるんだ。君みたいな若い男の子を見ると、どうもね」

「何ですか、同性愛者の集まりですかここは?この調子だと、Bさんも本当はレズビアンだったりしたのかな?」

「あはー、そうかもね。でも関係ないよ、きみはこれから死ぬんだから」

「そうかも知れませんね。そうなると良いです…ねっ!」

言って、CはAに飛びかかった。

Aを直接攻撃すると見せかけて、しかし実際にCが選択したのは、先程それが失敗するところを目の当たりにした筈の、武器を狙うという戦法だった。

まさか、失敗するところを目の前で見せつけられた戦法を、その直後に再び敢行する人間なんていないだろうと思っていたことだろう。流石のAも意表を突かれる。

カッターと、割れた瓶。しかしこの場合、カッターの刃はコンパスの針程に単純で頑丈な構造ではなく、Aのガラス瓶を更に割りまくって使い物にならなくするみたいなことは難しいだろう。

「ぬんっ!」

「お、おぉ…ッ!」

しかし、きぃーん…と、高い音が鳴り響く。

カッターの刃と瓶が衝突した音だ。

「凄いね、まさかそんな脆い刃でガラス瓶を割るなんてっ!」

「くっ!」

Cのカッターを受け止めたAの瓶が、割れた。

普通に斬るのではなく、刺すと斬るの中間のような、やたらと刃を立てた状態で斬る…と言うか、斜め向きのまま正面に突き出して刺す?みたいな特殊な攻撃方法によって、瓶を割ってのけたのだ。

言うまでもなく、ガラス瓶を割る代償に、カッターの刃も折れたらしい。しかしカッターナイフとは、元々そういうものである。

再び距離を詰めてきたAに対し、Cは素早くカッターの刃を出し直した。

とは言え、それにも(わず)かに時間がかかる。何より、瓶を割ったとは言っても、それは一部だけが欠けるような割れ方をしただけであって、瓶が使い物にならなくなるようなことは全く起こっていないのだから、そのまま瓶で攻撃できるAのほうが、一度カッターの刃を出し直さなければならないCよりも有利だろう。そこはCの誤算だった。

「貰いっ!」

言って、再び。

そう、再び、Aはフェイントを選択した。

瓶で素早く喉元を刺しに行くと見せかけて、Cの脚の膝辺りを、足の裏を当てるタイプの前蹴りで素早く蹴り込んだ。

しかし、流石はCくん。そのフェイント、初見である筈のそのフェイントに、カウンターを合わせたのだから。


「痛っ…!」

「厭世お兄さんにやったことが、二度も通じると思わないでくださいよ」

「いや、蹴る場所も蹴り方もさっきと違うんだけどね……なんで対応できるのかな?って言うか君だって、厨二病くんが俺に対してやった戦法を、再び俺にやってきたじゃん」

正確には、この対応は完全に読み切った上でのカウンターではなかったのかも知れない。実際Cも、膝にAの蹴りをまともに食らって転倒したのだし。

しかしそれでもAが追撃できず、Cが立ち上がるのを待つしか無かったのは、Aの太ももが切れていたからだ。

「やっぱりきみが一番ヤバい奴だよ、Cくん。足を痛め付けてじわじわと弱らせようとするなんてさ」

Aの太ももの内側が出血する。Cは自分の膝を蹴ってきたその脚を喰らい付くように抱き抱え、流れるような動きでAの内(もも)を切り裂いたのだ。

一度刃を斜めに刺してからそのまま下にスライドさせるという、ダンボールでも切るかのようなやり方で、Aの内腿の皮膚と、その下にある血管を切り裂いた。

「はぁ…はぁ…これはまずいね。太い血管を切られた。早々に決着を付けなきゃ……」

「えへへ。そうですね、じゃあどうぞ、かかって来てください?飛びきり強烈なカウンターで痛め付けて殺してやりますから」

「………」

Aは、血液が足りているうちに決着を付けるため、Cに向かって勢いよく距離を詰めて行く。

そしてたった今、カウンターだの痛め付けるだのと言っておきながら、Cはそれに対して、案の定、極めて予想通り、本当に予想通りに、踵を返して逃げ出して、Aから距離を取ったのだった。


…という展開には、ならなかった。


「ごはぁっ!?」

「裏の裏ってやつですよ、Aさん」

Cは、逃げ出すと見せかけて突然Aに突っ込み、そのままAの腹を横一文字に斬り、返す刃で今度はAの首を斬り裂いた。

Aは完全に意表を突かれた形だったろう。

Cのことだ、こんな状況、距離を取るに決まっている。さっきカウンターだとか痛め付けるとか言っていたのは真っ赤な嘘で、ブラフであるに決まっている……と、そう思っていたのに。

裏の裏。文字通り、意表。

「あ、あれ…?あっ」

だが、場数が違う。

Aは完全に意表を突かれて一瞬動きが止まったのだが、最後の力を振り絞るように、Cの腹に瓶の鋭利な断面を突き刺したのだ。

倒れ伏すAと、腹を押さえてしゃがみ込むC。

Aは自分の腹と首を押さえながらびくびくと痙攣した後、やがては動かなくなった訳だが、Cはまだ倒れてはいない。

最後に立っている者は一人だけ……の筈が、『立って』いる者が一人もいないという、予想通りなのか予想外なんだかよくわからない展開になってしまったけれども、とは言えこれは、Cが残ったと言えるだろう。


こうしてその場には、再び夜の静寂が戻ったのである。

時刻はまだ、2時29分程度だろうか。


「ぐぅ……痛い……、痛いなこれ」

腹を押さえてしゃがみ込むCは、独り言を呟く。

もうカッターナイフは使わないし使えないので、とうに地面に投げ捨てた。

「出血は止まらなさそうだけど、出血量は多くないですね。ただ、問題はこの場所だ。こんな人気(ひとけ)の無い場所まで来るのに、自転車でも結構時間かかりましたからねー。こんな3つも死体がある場所に他の人を呼ぶわけにもいかないし、いやはや、病院まで間に合うかどうか……」

時間との勝負であると判断したのだろう、Cはしゃがみ込むのをやめて、よろよろと立ち上がって歩き出す。

「僕は死にたくないですからねー……せっかく生き延びたんだから……」

こんな集まりに参加した以上、死ぬ覚悟はしていた筈だった。であるのに、この期に及んで死にたくないと(のたま)う。2人の人間をその手にかけておいて、自分だけ生き延びたいと、平気で言い放つ。

流石はCくん、流石はこの中でも群を抜く狂人。

流石、俺が認めた狂人だ。

「……え?」


Cくんの首が、切れた。


言うまでもなく、別に頸部が切断された訳じゃない。首の表面の皮膚や血管だけが切れただけだ。

皮膚や血管だけを、切っただけだ。

俺が、折れ曲がったコンパスの針をCくんの首に刺して、そのまま勢いよく引っ掻いたのだ。

針は刃物ではないが、それでも力技で、Cくんの頸動脈を巻き込みながら、思いっ切り引っ掻いて切り裂いた。

「がはっ!え…厭世…お兄…さん…?ごふっ!…な、なんで…」

致命傷を負ったというのに、膝から崩れたCくんはそれでも、不思議そうな解せないような顔をして、背後に立つ俺の顔を見上げる。

首の切り傷を手で押さえながら、俺に疑問の目を向ける。

冥土の土産だ。教えてやろう。


「死んだ振りだよ。簡単に言うとな」

言いながら、俺はCくんの正面に回って、その辺に落ちていたAのスマホの明かりで自分の首を照らしながら、それをCくんに見せた。

この、傷一つ無い首を。


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