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「しかし、よくよく考えてもみればだ。幽霊なんていう概念は厳密に言うなら、日本などの東アジア地域特有なのではないかな?」

田舎町の、闇夜の中でバス停に座る男の一人が、口火を切った。

チャラチャラとした軽薄そうな服装で、しかしそれには似つかないような老いた容姿の、奇妙な雰囲気を醸す男だった。

「例えば英語圏では、幽霊は『spirit』という言葉で表されるが、しかしこれを日本語に再翻訳したら『魂』だ。もうその時点で、全く意味を同じくする言葉とは言えない。『千と千尋の神隠し』の英語版タイトルだって、日本の神道(しんとう)的な神の概念が大きく関わる『神隠し』という表現の部分には、確か『god』とかではなく『spirit』っていう英単語が用いられていた筈だよ」

「そんな揚げ足取りみたいなこと言って何になるのよ。些細な差異はあれど、死者が姿形を変えて、あるいは実体の無い存在として現れて、生者に干渉する。この本質の部分は万国共通の思想でしょうに」

スーツ姿の凛々しい雰囲気の女が口を挟む。

「あるいは、幽霊と亡霊が別物であるとする考え方だってあるじゃないですかねえ……いやぁ、僕の考え方なんですけど。僕が思うに、幽霊っていうのは場所に関する幻覚で、亡霊っていうのは人に関する幻覚なんですよ。そもそも霊とは特殊な電磁波に対して特定の条件下で人が反応した際に感じ取る幻覚のことですけれど、人から放たれる電磁波で見えるのが亡霊で、場所から放たれる電磁波で見えるのが幽霊なんでしょうね」

まるで探偵のようなコートに身を包み、キャップを被った青年が持論を展開し出した。

「確かに、幻覚では説明が付かないこともあるだろっていう意見もありますよ?例えば死んだ親友のお墓参りに行った時に、合掌して拝んでいる間だけ突然のにわか雨に襲われて、拝むのをやめた途端に雨も止むみたいな事例もあるらしいですよ?でもそんなの、因果関係があるかどうかはわからないじゃないですか、対照実験をしていないんだから」

「いずれにせよだ、いずれもそんな風に、具体的かつ事実的かつ客観的な根拠、もしくは合理的かつ論理的かつ科学的な根拠が無いっていう点では同じだよな。全くもって、まさに人間って感じだぜ」

そう結論付けて、この俺が締め括った。


「はっは、面白いくらいに身も蓋もない締め括り方だね。そうやって締め括ってくれるうちは、僕も安心して店主の囮ができる」

『店主の囮』がどういう意味なのかは1ミリも知らないし、間違っても英語に訳すつもりは無いが、軽薄でチャラい老人…即ちAはそう言いながら、スマホを見て現在の時刻を確認したようだ。

「おっと、もう既に1時55分か。遅いね」

「面白いジョークね。こんな退屈で気持ち悪い時間の流れなんてそりゃあ遅く感じるし、そもそも時刻が深夜で夜遅いし」

スーツ姿の凛々しい女、即ちBはそう言いつつ、本当に嫌そうに嘆息する。

「何でこんな連中と一緒にいるんだか私は。今頃山の中で冬眠していたと言うのに……もしくは家の中で列記切りをしていたと言うのに」

如何(いか)にも何かの作業の呼称っぽい言葉で言っているが、『列記切り』という言葉にその実どのような意味が隠されているのかっていう点については、俺は考えないことにする。

間違っても、英語に訳しては駄目だ。

「確かに、冷静にもなってみれば不自然ですね。何の打ち合わせや待ち合わせもしていない四人がこんな夜更けにバナナ……いや、バス停で集まって話し合うなど」

「いや、この場合、冷静になっちゃ駄目だろ。というか何だその言い間違いは。バナナとバス停を間違えるなや、作為を感じるわ」

キャップとコートの探偵紛いの青年、即ちCに、すかさず俺がツッコミを入れた。

あんまり著作権を侵害したくはない。

「まあでも、冷静に考えなかったとしても、この現象にはどんな原因があるかってのは興味があるけどな。言うてどうでも良い」

「『どうでも良い』じゃ話が始まりませんよー……真剣に、そして狂気的に議論しないと。一体なぜ、僕達は集まったのでしょうか?」

「狂気的に?ああ、わかったわかった。アレだよ、何となく導かれただけだね」

「そうね、何となく何となく」

「俺も何となくだわ」

「いやいや皆さん、どんだけこの議論が面倒なんですか、スタンド使いでもあるまいに」

やれやれ、Cくんは面倒な子だなあ。

人間、いずれ惹かれ合うこともあるだろうに。

言わんや、ここに出揃っているような狂人共をや。

「ヒトは何となく集合することもあるし、何となく話し合いが始まることもあるし、何となく殺し合うこともあるのだよ、Cくん?世界の理不尽さを見くびってはいかんなぁ。如何(いかん)とも理解し難い理不尽を。いかんと…」

「嫌ですよそんな生き物。理由があって然るべきでしょう、因果律や理由律的には」

Aのやつがまたつまらない言葉遊びをしようとしたところに、Cが強引に発言を被せたが、しかしその発言の内容は俺から見ると微妙に未熟な印象だった。

「理由だあ?そんなもん、脳機能のバグとかだろ。そこに合理的かつ整合的かつ一貫的な理由があるとは限らないのが、世の中ってもんだぜ?」

「実際、そいつの言うことは正しいわ。私も警察官なんてやってて、散々色々な狂人を見てきたからね、そうとしか考えられないし、あんた達みたいなのも見慣れてるし」

俺の意見に同意したと思ったら、結局狂人認定かよ。

否定はしねえが、だったらかく言うBも狂人だよな……

「ははぁ、『狂人』なんて、我々がそんな陳腐な表現で事足りるような単純な人間だと思うのかい?」

「Aよお、気持ちは解るが、なんかその台詞はやたらと自尊心の強い格好付けたがりの人間っぽいんだよなぁ。そのしわくちゃの顔面も相まって」

「ははあ。きみは本当に人のコンプレックスを容赦無く突き刺してくるね。言っておくけれど、この僕だって実年齢は46歳だよう?生まれつきの病気でこんな見た目になっているだけであって」

「そりゃさっきも聞いたよ。主題とは関係の無い話だな、論点のすり替えでもしようってのか?人間らしい」

「あんたその『人間らしい』って表現をやたらと多用するけれど、それって自虐的な意味も内包するのかしら?」

Bが、今度は俺に突っ掛かる。

「あん?内包するけど、それが何だ」

「いえいえ、そりゃそうよね、当たり前のことを聞いて悪かったわ。人間という概念そのものを軽蔑して嫌悪するというのも、人間にはよくあるパターンだから、自分ごと対象にして『人間らしい』と軽蔑していなければただの馬鹿だと思っただけよ。ただの馬鹿なら、この後あんたには負けないだろうと思ったんだけれどね。あーあ、面倒くさい」

「…かかっ」

Bの挑発的な物言いに、特にコメントの無い俺は肩を竦めた。


「…で、もう2時7分なんですけど」

Cくんが(おもむろ)に言う。

「一応、(うし)(こく)ですよ」

「いや、もう少し待とう。どうせならそっちのほうが良いんじゃないかな、皆?」

「ま、流石にまだ早いけれど。ただ、決着までにもある程度の時間はかかるでしょう?丁度丑三つ時が終わるくらいのタイミングで終わるのが良いんじゃないのかしら?」

「そもそもこれは、特に示し合わせた集まりじゃねえからな。本当ならば何もルールは無い。俺ァなんなら1時間前に始めてても良かったくらいだと思うけどなあ」

「いやぁ君、何度も言ってるけど、形式は大事だよ。何せ今から我々が行うのはそういうコトだ、神事として扱われる相撲にも似ている儀式的な行為だよ」

「あんたの思想にゃ興味無えな。だがまあ、俺も相撲は好きだし、それ風に言うなら『待った』がかかるのは良くねえか。じゃあまだ始めなくても良いけどよ、何分くらいにすんだ?」

「うーん、15分くらいに始めたらどうです?」

「警官としての私の経験上、こんなのは1分もかからずに終わるものなんだけどね。武器ありなら尚更よ」

「いやあBさん、時間がかかる可能性を指摘したあなたがそれを言いますか。まあ、それなら25分くらいからでも良いですかね?」

「いや、Cくん、そういう野暮な突っ込みをされると今すぐにでもおっ始まるわよ。そして、1分もかからないって言ってるでしょ?29分で良いわ」

「本当にそんな早く終わるのかな?いやぁ、この面子は今この期に及んでは生物としての最も基本的な機能が致命的に欠けているから、終わるとは思うけれどもねぇ」

ふむ……生存欲のことか。

「生存欲のことかー!!!」

「急に叫ばないでもらえます?」

「俺はもう何でも良いわ。あんたらで好きに決めろや」

あーあ面倒臭え。

帰りてえなー……と言うより(かえ)りてえよ。

早くしたら良いのにー。

「まあまあ君、そんなに()く必要は無いよ?君だって年齢は28歳くらいでしょ?もうそんな長い時間を過ごした後なんだ、今更数十分が何だと言うんだい」

「あー、そう言えばあなたって28も行ってたんですね。僕は19ですけれど、そこまで歳が離れているとは思いませんでしたよ」

「まあ、俺は誰かさんと違って童顔だしな」

「あっはっは。僕は君を真っ先に狙うことにしよう」

「そういう私情は自分の足を掬うぜー?」

「私情って。私情以外の理由でこんな風に真夜中に集まったりしないわよ、人間は」

「いやいや、この場合、俺達がここに集まったのは理由無しでの事だろ?だったら私情も無しに決まってんじゃねえか。誰かに言われたような、誰かに望まれているような気がしたという、ただそれだけの理由で俺達四人はここに(つど)った。違うか?」

「『誰かに望まれているような気がした』からと言って、その望みに応えたがるのも私情だと言って言えなくはないけれどね」

「かっかっか、そりゃそうだ。随分身も蓋も無いことを言うんだな、Aさんよ。俺も安心して思考して、しこうしてその思考を放棄できるぜ」

「む、ちょっと上手いな。そして何の脈絡も無いから下手だ」

よし、Aに言葉遊びで勝った。

後半は聞こえなかった。

「ところで、Bさんって年齢はいくつなんです?」

「は?」

いやぁCくん、その質問は……

「あんたねぇ、女の子に対してそうまで直球に問い尋ねることができる度胸だけは褒めてあげるけれど、代償としてこの後私が真っ先に狙う相手があんたになるわよ。私は32歳だけど」

「答えるんかい」

「なるほど、となると年功序列は、Aさん・Bさん・厭世(えんせい)お兄さん・そして僕ということになる訳ですね」

「なんか一人、明らかに変な言い方のやつがあったような…」

「年功序列って……そんなもん無いよーん、年齢順があるだけだよーん」

「そうね、年功も序列もあったもんじゃないわ。2番目の私が言うから説得力あるでしょ?ぶち殺すわよ」

「あの、明らかに一人だけ、言い方がおかしかった…」

「いやぁ、ぶち殺すだなんて芸の無い台詞だ。そんな風に格好付けてて負けてりゃ世話ないですって」

「うふふ、良い度胸と言うよりは蛮勇なのかしら」

「えーと、だから一人だけ、『僕』って一人称で言うのはおかしいと思うんだよ。自分のことでも名前で『C』って呼ばねえとよ」

「そっちかい。『厭世お兄さん』のほうじゃないんかい」


話している間にも、暇は潰れていく。

時間は刻一刻と過ぎていく。

丑の刻が、一つ(とき)、二つ(とき)と。

一刻、二刻と。

「おやおや、もう2時20分だね。始めるには少し早いかな?」

「俺はいつでもいーんだがな」

「確認なんですけれど、今からやるのって、その……どちらかと言うと、命を減らすほうのアレですよね?」

ん?Cくんが妙なことを言い出した。

「あ?何だよ、増やすほうがあんのかよ」

「ほら、『(立心偏)』に生命の『生』と書いて…」

「ん?性?性行為?」

「性行為のことかー!!!」

「急に大声を出さないでくださいAさん。性行為なんて普通じゃないですか……、あの、今からすることって英語とかだとslayとかって言いますけれど、これにはスラングとして性行為的な意味も存在しますし……」

「性行為が普通だと言う19歳の言葉の真意は全く理解したくもないが、さておき何故英語に置き換えた?」

「いやぁ、でも、日本語でも『やる』って言うじゃないですか。より正確に(つづ)るなら、『ヤる』って」

「あー、なるほどね。Cくんの頭がおかしいということは把握したけれど、質問に答えておくと、今からヤるのは命を増やすほうではなく減らすほうだよ」

「C、あんたは一体、増やすほうだったらどうするつもりだったのよ……?私は多分逃げるわよ、そんなの。そうなればあんたら男組しかいなくなるじゃない、いくらヤっても増えないわよ」

「そうなるとアレだよな、3対1の構図になっていただろうな。逃げる側と追いかける側」

「いや、1を除外して、1対1対1の三つ巴でしょう?あんたらのことだから」

「嫌だよ、そんな展開だけは」

「甘ったれたこと言ってんじゃないわよ」

「僕達っていつからそんなにBさんに嫌われてたんでしょう…」

「本気でそれがわからないなら、やっぱり捨てはおけないわね」

「あっはー。みんなヒートアップしてきたね。何よりだよ……」


時間も丁度良いしね。


そう言って、Aはスマホの画面を全員に見せる。

「……ほら、そろそろ始めても良い頃だしね」

話しているうちに、時刻は2時27分になっていたようだ。

「ま、別に1分が3分になったところで誤差だしね」

「何か不足の事態があって長引くかも知れませんしね」

「俺はそもそも、さっきからいつでも良いぞーって言ってたしな」

………あっ。

「空気読みましょうよ、厭世家のお兄さん?」

「そんな格好付けた喋り方してるからそうなるのよ、虚無主義のおマセさん?」

「僕もきみの語尾を最初に聞いた時から、ちょっと場違いな感じはしていたんだよねぇ。そんな風に考え無しだからモテないんじゃないのかな、そんな風に黒い手袋なんかしちゃってる、厨二病のお兄ちゃん?」

よし、こいつら全員ヤるわ。


「まあ、駄弁(だべ)っていても仕方ないな。さてさて」

気付けば。

俺達四人は、くっちゃべりながら駄弁りながらも、自然と立ち上がり、距離を取っていた。

もう既に、バス停からは離れて、全員がお互いに向き合い、姿勢を低くしていた。

Aは俺から見て右。Bは俺から見て左。Cは俺から見て正面。

深夜。雨は降っていないが、路面は(かす)かに湿っている。昼間はあれだけ降ったからなぁ。

別に今は多湿の季節じゃねえ、昨日の宵闇を濡らした雨も、これくらい時間が経てば普通に乾く。乾けば気化熱として周囲の熱を奪い、ただでさえ日が沈み切った中を、更に冷え込ませる。

寒いなあ。

そういうもんか、最期ってのは。

「いや、こう向かい合うのにも少しの時間はかかるからね。結果的に、予定より早く始めることにはなっていないみたいだ」

Aが言うが、口の動きは見えない。何せこんな暗闇の中だ、お互いの顔もよく見えず、声が聞こえるだけである。

はぁ、心霊現象でも起こらなきゃ良いんだけどな。五人目が出てきたりとかさ。怖いなー……って、いや、この時刻まで待っておいて、そんな我が(まま)は通らねえか。

一般的には、心霊現象が起こることに期待しての行為だからな、この時刻を待つ行為ってのは。

俺はポケットからコンパスの部品を取り出す。

円を描くための道具、コンパス。その、紙に突き立てる針が付いた片側だけを取り外した物を、ポケットから取り出す。

Aは、何やら大きな獲物を手に握ったらしい。さっきまで飲んでいた酒の瓶だろうか。

Bが取り出したのは……よく見えないが、音で判る。あれは伸縮系の警棒を伸ばした時の音だ。

Cが取り出した獲物の音はもっとわかりやすく、完全にカッターの刃をキリキリと出している時の音だった。


「彼岸に渡るには良い日だね」

「土に還るには良い日よね」

「異界渡り日和ですよね」

「終わるには良い日だ。しかし、これはどうも…」


人間って感じだな。


その、俺の言葉を最後に、四人は互いに襲いかかった。


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