第4話:蘇る過去、封じられた罪
夜が更けていた。
王宮の客間で、イレナは薬包紙を一つひとつ丁寧に開きながら、静かに息を吐いた。
ミント、グレイマ、セリア草――心を落ち着かせる鎮静成分を中心に、体内の魔力循環を促す調合を作っていた。
しかし、彼女の手はどこかぎこちなく、過去の影を払うように震えている。
リディア王女。
十数年前、毒に倒れ、彼女が唯一救えなかった少女。
あのとき、命を取り留められなかったことが、イレナに毒使いとしての終わりを決意させた。
そして、今日、王子の唇からこぼれた「おまえは……」という言葉。
あの声の調子と目の色は、あの少女とよく似ていた。
「……やっぱり、忘れたふりなんて無理ね」
イレナは調合を中断し、椅子の背にもたれかかった。
天井の文様が、妙に懐かしく感じられた。かつて、彼女もこの王宮で任務のために出入りしていた。
ただし、誰にも知られてはならぬ存在として。
翌朝。
イレナは再び、王子の病室へ向かった。
王子・レオンはまだ昏睡状態だったが、昨日より呼吸は安定し、頬にかすかな血色が戻っていた。
「小康状態……解毒の準備は、間に合いそうね」
隣には、変わらずグレン医師の姿がある。
だが今日は、無言のまま彼女の行動を見つめていた。
「毒の核は、恐らく“刻印型”ね。魂に直接呪文のような毒が焼き付けられてる」
「つまり、薬剤だけでは無効だと?」
「その通り。核を抜かない限り、いくら表面を洗っても再発する。……問題は、誰がこの毒を手にしたか」
イレナは王子の脈を診ながら、ふと目を細めた。
「レオン王子が狙われる理由は? 第二王子は、王位継承ではあくまで“補佐”の立場のはず。第一王子は健在でしょう」
「そう、表向きは」
声を発したのは、部屋に入ってきたアデルだった。
今日の彼は、昨日よりも険しい表情をしている。
「最近、第一王子に“王位辞退”の噂が流れています。……そして、それと前後して、王族内の不審死が相次いでいます」
「……誰かが、第二王子を“新しい王”に据えるために動いている?」
「もしくは、その逆。王位を狙われたくない勢力が、先に芽を摘もうとしている可能性もある」
毒の使用。それも魂を蝕む“禁忌級”の毒。
それを使える者は限られている。
だがイレナの記憶にある一人の名が、静かに脳裏を過った。
(……まさか、生きていたの?)
その人物──彼女がかつての任務で“仕留めたはず”の錬金術師。
呪毒の開発者にして、彼女の“かつての師”。
その夜。王宮の文書保管庫にて。
アデルの伝手で、イレナは極秘文書に目を通していた。
「……これは」
記録には、十数年前に消滅したはずの“呪毒研究施設”の名と、その最後の責任者──
**「サウル・ミーディアス」**の生存報告が記されていた。
死んだはずの男。イレナの師であり、毒の知識を叩き込んだ張本人。
そして、リディア王女に使われた毒を開発した者。
「サウルが生きているとしたら……」
彼女が全てから手を引いてからも、彼は地下に潜り、禁忌の毒を作り続けていたというのか。
「黒幕が見えてきましたね」
アデルの声に、イレナは答えず、拳を握りしめた。
その頃、王宮の一角。
誰もいない夜の廊下を、ひとりの黒衣の男が歩いていた。
フードを深く被ったその人物は、立ち止まり、封印された扉に手をかざす。
「……花が咲くのも、もうすぐだ」
その声は低く、そしてどこか狂気を含んでいた。




