表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/21

第20話:毒に咲いた誓い

王宮に穏やかな朝が戻ってきた。

 だがそれは、戦いを終えた者たちにのみ感じられる静寂だった。


 黒薔薇室。

 イレナ・アルミリアはその奥にある“薬香の庭”に一人で立っていた。


 無数の薬草と毒草が咲き混じるその庭は、かつてイレナが調薬の原点とした場所。


 その片隅に、折れたままの黒薔薇が一本、風に揺れていた。


 「……終わったんだね」


 声をかけたのは、フィアだった。

 彼女は以前よりずっと落ち着いた顔つきをしていた。


 「王女エリスは眠ったまま、意識は戻らない。ノアも再検査中だけど、状態は安定してる。毒の遺産は、全て封印された」


 「……そう」


 イレナは静かに頷いた。


 「ねえ、イレナ。あなた、これからも“黒薔薇室”に残るの?」


 しばしの沈黙ののち、イレナはぽつりと答えた。


 「……いいえ。私は、薬屋に戻るわ」


 それは、最初に望んでいた場所――

 毒使いとしてではなく、“人を癒す者”としての道。


 「黒薔薇室の指導は、ティナとアデルに任せる。……私はもう、国の影ではなく、“日常”のなかで毒と向き合いたい」


 「そう……それが、あなたの選んだ毒の使い方なんだね」


 フィアの表情には、ほんの少しの寂しさと、それ以上の敬意があった。


 一方、王宮では戴冠式の準備が最終段階に入っていた。


 王子――レオン・アルミリアは、王装に身を包み、最後の言葉を胸に刻んでいた。


 「毒と共に歩んだこの国を、毒と共に救う。力ではなく、選択で導く。それが、僕の“王としての誓い”だ」


 式典の直前、彼はイレナを控え室に呼び寄せた。


 「君が去る前に、どうしても伝えたいことがある」


 イレナが振り向くと、レオンは微笑んでいた。


 「君がいたから、僕はここまで来られた。……君の毒に、救われたんだ」


 「……私の毒は、人を救えるほど綺麗なものじゃないわ」


 「でも、それは君が誰かを守るために使ってくれた毒だ。それだけで十分、価値がある」


 しばらくの沈黙。


 「イレナ。君が望むなら、王妃として――」


 「……その言葉、嬉しいわ。でも私は、“薬屋の毒使い”として、地に足をつけて生きたいの。人を導く王には、もっとまっすぐな人がふさわしい」


 「……そっか」


 レオンは納得したように頷いた。


 「でも、困ったときには呼ぶよ。“最終毒兵器”として」


 「やめて。私はもう、毒の兵器じゃないわ」


 そして、戴冠式の日。


 王都全域に鐘の音が鳴り響き、新たな王の誕生が告げられる。


 国王レオン・アルミリアは、演説の最後にこう締めくくった。


 「私の手には、剣も、魔法もない。あるのは、毒に生きた人々の記憶と、選択の意志だけだ。

  これからのこの国が、“毒を恐れず、毒を知る”国になるよう、私は王として生きる」


 観衆から大きな歓声が上がるなか、レオンはふと視線を上げた。


 式場の外――屋根の上に、薬草色の外套を翻す女の姿があった。


 風に揺れるその姿は、もう“影の毒使い”ではなかった。


 数日後。辺境の村。


 その片隅に、小さな薬屋が再び開かれていた。

 看板にはこう記されている。


 >【毒薬調合・解毒相談・心の処方】

 > イレナ薬店――命の毒、心の薬。


 村の子どもが笑いながら言う。


 「ねえねえ、お姉ちゃん、本当に毒使いだったの?」


 「ええ。ちょっとだけ、昔はね。でも今は違うの。毒のことを、ちゃんと“分かってる”薬屋さんよ」


 「ふーん。じゃあ、怖くないね!」


 イレナは微笑む。


 「そう。毒はね、知れば怖くないのよ。知らないままが、一番怖いの」


 毒に生き、毒を超えた少女は――

 いま、静かな日常の中で、もう一つの“命の花”を咲かせようとしていた。


 それは、血よりも濃い毒と、心よりも優しい解毒の物語。


 第三章、完。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ