第18話:死せる王女、生ける毒
王都の塔最上部。
その影に隠れるように立っていたのは、黒衣の女――
エリス=リディア・アルミリア。
王子レオンの姉であり、五年前に“毒死した”とされていた王女。
しかし、その死は――偽装だった。
彼女は生きていた。そして、地下の毒研究機関“灰の研究院”で、別の存在として育て直されていた。
「弟の覚悟も、イレナの理想も……全部甘い」
エリスは薄く笑い、懐から銀の小瓶を取り出す。
それが、サウルさえ辿り着けなかったもう一つの毒――
《アルミリア・コード》。
一方、黒薔薇室の本部では、ノア=ミーディアスの身柄が保護され、監視の下で療養が始まっていた。
だが、その報告を受けた瞬間、レオン王子の表情が凍る。
「“ノア”……じゃない。報告書の最後に記された名前、違う」
ティナがその言葉に反応し、記録を確認する。
> 被験体記録 No.32
> “ノア=ミーディアス”…実験名義。出生記録:空白
> 担当:リディア=アルミリア王女
「まさか……!」
イレナの胸を冷たい手が撫でるような感覚が走った。
「リディア王女が、ノアを……?」
それは五年前の記録と繋がった。
王女リディアは、政治的には温和な人物とされていたが、実際には“毒と統治”に関心を抱いていた異端の王族だった。
彼女は“毒による秩序”を構想し、それを実現するために地下で研究を進めていた――サウルの協力を得て。
しかし、彼女の死が公表されたことで、その計画は闇に葬られたはずだった。
だが今――死んだはずのリディアは、なおも生き、しかも《アルミリア・コード》という新たな毒を手にしている。
「私が、直接確かめる」
レオン王子は、私兵すら連れず、一人で王墓の禁域へと向かった。
そこはリディア王女の“墓”が納められているはずの場所。
だが、墓標の裏には偽装扉があり、さらに奥へと続く階段が伸びていた。
「……兄弟でなければ、ここには辿り着けなかった。やはりあの女は……!」
王子が剣を抜く。
そして、扉の向こうで彼を迎えたのは――
かつての姉、エリス=リディアだった。
「レオン。もう“私の死”に騙されるのは、やめなさい」
「なぜ……なぜこんな真似をした! 姉さんは、国を導く希望だったはずだ!」
「希望? いいえ、私は“毒の王”になる器だった。それを否定した父と、私を妨げた王政の連中が愚かだっただけよ」
「君は、僕の姉だった……!」
「だった、ではない。今もよ。だけど、もう“アルミリア家の王女”ではない。私はこの国の“裏の王”として、生まれ直したの」
エリスの掌にある小瓶が光を放つ。
《アルミリア・コード》――
それは、摂取者の“忠誠”を強制的に書き換える毒。
体ではなく、心を侵す“命令型毒”。
「これが完成すれば、国民全員を“王の下僕”にできる」
「そんなものは支配じゃない! 虐殺だ!」
「違うわ、レオン。これは“統治”。感情や思想がなければ、人は争わない。王に従うことだけが正義になるの」
王子は叫んだ。
「それでも僕は、そんな世界に君を許せない!」
「なら、殺してみせて。可愛い弟よ」
その瞬間、エリスが毒針を放つ。
レオンはそれを紙一重で避けながら、抜剣。姉との戦闘が始まった。
一方その頃、黒薔薇室でも異変が起きていた。
ノアが突然、倒れた。
「様子が変です……精神干渉を受けている!」
ティナが警報を鳴らし、イレナが駆けつける。
「……誰かが、精神命令を遠隔で書き換えてる。ノアに“仕込まれてた”毒……!」
「まさか、《アルミリア・コード》の実験体……!?」
イレナは決断する。
「場所は王墓。レオン王子が危ない。アデル、ティナ、私と一緒に来て!」
王墓では、激しい戦闘の末、レオンの剣が姉の毒瓶を打ち砕く。
「リディア……っ!」
だがエリスは、倒れず、笑った。
「甘いわね。毒はもう、“私の血”に溶け込んでいる」
その瞬間、彼女の身体から毒気があふれ出し、王墓全体を覆い始める。
レオンの意識が遠のき――そして、
最後に見たのは、扉を破って駆け込んできたイレナの姿だった。
「レオン王子!!」