第16話:継承者たちの墓標
王都ルセーヌ座での戦いから数日後。
王政庁にはまだ静かな動揺が残っていたが、黒薔薇室はすでに次の動きを始めていた。
レグナルから押収された記録文書には、一つの地名が記されていた。
「モルト砂漠・失われた研究塔」――通称“サウルの遺産”。
そこには、彼がかつて試作していた“毒の原点”が封印されていると言われている。
「彼が最後に目指していたものは、ただの毒じゃないわ」
イレナは作戦室で資料を広げながら告げた。
「“人の精神に干渉する毒”……言葉すら要らない、感情を操る“王の毒”」
それは、サウルが生涯をかけて追い求めていた究極の毒。
だが未完成で終わったとされていた。
「それがもし、まだ残っているとしたら……?」
ティナが顔をしかめる。
「世界が変わる。“毒を持つ者”だけが支配者になる世界へ」
一方、王宮。
レオン王子は戴冠式の準備に追われながらも、未だ心に影を抱えていた。
それは――姉リディアの死の真相。
「リディア姉さんは、なぜ殺された?」
王家の中枢にいたはずの彼女が、なぜ“穏やかな毒”で命を落としたのか。
その答えを、未だ誰も知らない。
だが、レグナルの記録にはこう記されていた。
>「王女リディアは、王の毒の試作体を“拒絶”した。
> よって、処分する」
それは、兄妹であっても例外ではないという“思想”だった。
「やっぱり、これは私たちの戦いよ」
イレナは王子の私室を訪れ、真剣な瞳でそう告げた。
「この“遺産”を回収して、封印し直すか……あるいは、完全に破壊するしかない」
「君の判断に、異論はない。でも、ひとつだけ教えてくれ」
レオンが、彼女の目をまっすぐ見つめた。
「君がこれ以上“毒を背負い続ける”理由は、何なんだ?」
イレナは少しだけ微笑み、答える。
「もう誰にも、私みたいな後悔をさせたくないの。毒を知らない者が、毒に殺されるのは、もうたくさんよ」
作戦は決行された。
黒薔薇室の選抜部隊は、モルト砂漠の地下遺構に潜入。
そこには――今は亡き、サウルの“継承者たち”の墓標があった。
「これ、全部……?」
フィアが震える声で問いかける。
「ええ。彼が“失敗作”として棄てた弟子たち……」
「こんなもの、墓標じゃない。毒壜と焼けた薬符で封をしただけ……」
「人として扱われなかった。でも、確かに彼らは“人”だった」
その奥に存在していたのが、“王毒の試験室”。
扉を開けた瞬間、空気が変わった。まるで重油のような粘性と、焦げた香。
すでに誰かが一度、封印を解除した痕跡がある。
「遅かった……?」
アデルが唸った。
そして――中央の祭壇に置かれていた一本の小瓶。
黒く輝く液体、それが《アンスロニア》――“王の毒”と呼ばれるものだった。
イレナがその瓶に近づこうとした、そのとき――
「そこから先は、渡さない」
暗がりの中から現れたのは、白の装束を着た青年。
そしてその瞳は、イレナと同じ“灰銀”に染まっていた。
「あなたは……」
「僕は“灰の系譜”の最後の継承者――“ノア=ミーディアス”。サウルの実子だよ」
「……!」
サウルの“血”が、まだ生きていた。
それが新たな試練を、黒薔薇室にもたらすことになる。