第15話:王の毒、影の玉座
月光すら届かぬ廃劇場“ルセーヌ座”。
舞台上に設けられた偽玉座に座るのは、影の枢密卿――レグナル=ヴォルグ。
「これより、“影の継承儀”を開始する」
彼の言葉に呼応するように、劇場内の照明が一斉に灯った。
瓦礫と埃に覆われた観客席のあちこちに、仮面の兵が並んでいた。全員が同じ黒の戦装束に身を包み、腰には毒の小瓶と薬針を携えている。
「私に従え。“王なき王国”を、影から動かす真の手となれ」
それは、反逆の宣誓だった。
その瞬間、劇場の天井から一筋の影が落ちる。
「その玉座、返してもらうわ」
イレナ・アルミリア。
黒薔薇室の長にして、元・国一の毒使い。
そして、その背後から続々と現れる仲間たち――
副官アデル、戦術師ティナ、そして仮面を外した元継承者・フィア。
「劇場の演目は終わった。次は、解毒の幕よ」
イレナの合図と共に、戦闘が始まった。
フィアは宙に毒弾をばら撒き、煙幕を展開。
「“五色霧”展開。敵視界を封じる!」
アデルが跳び出し、敵の斬撃をいなしながら叫ぶ。
「ティナ、左翼の毒針隊を抑えろ! イレナ、レグナルに行け!」
イレナは黒の外套を翻し、玉座に向かって走る。
レグナルが立ち上がり、懐から青白い液体を取り出す。
「これは“王血の毒”。王家の印章を捏造するために使われた、古の秘薬だ」
「毒で王を偽る気か?」
「いや、毒こそが真の王を選ぶ――そう師から教わったろう?」
イレナの目が鋭くなる。
(サウル……あなたの影が、まだ残ってる)
レグナルが毒液を撒いた瞬間、空気が一変した。
視界が歪み、重力がねじれるような錯覚。幻覚系毒の一種、“歪命毒”。
「これで、お前の身体は時間差で腐る」
「甘いわ」
イレナは袖口から“記憶毒”を投げつける。
記憶毒――
対象に過去の幻影を見せ、行動を遅らせる精神毒。
レグナルの動きが一瞬鈍ったその隙を、逃さなかった。
「黒薔薇の名に誓って、あなたの虚構を終わらせる!」
イレナの手から放たれた薬針が、レグナルの肩を貫いた。
その頃、王宮――
緊急報告を受けたレオン王子は、剣を手に取り馬車に乗り込もうとしていた。
「王子、待ってください! 危険すぎます!」
近衛騎士たちが止める中、レオンは静かに答える。
「彼女は“国を救った毒使い”であり、俺の――唯一無二の支えだ」
「それでも……!」
「だからこそ、俺は“王として”ではなく、“彼女の伴侶として”あの場に立つ」
その言葉に、騎士たちは黙った。
王子は馬車に飛び乗り、ルセーヌ座へと向かった。
劇場内。
戦いは終盤に差し掛かっていた。
フィアは既に複数の敵を無力化し、ティナも毒針隊を制圧。
レグナルは傷を負いながらも、なお玉座にすがろうとしていた。
「この国は……偽りの王など要らぬ……影が支配すべきだ……!」
「あなたが支配したのは、人の恐れと欲望よ」
イレナはゆっくりとレグナルに歩み寄る。
「そしてその毒は、もう通じない」
「黙れ……! お前も、結局は毒に染まった……!」
「ええ。でも私は、“守るために毒を使う”」
最後の薬針が放たれ、レグナルは昏倒した。
直後、劇場の扉が破られた。
「イレナ!」
振り返ると、そこには剣を抜いたレオン王子の姿。
「遅くなった。……間に合ったか?」
「ええ。もう全部、終わったわ」
王子は駆け寄り、彼女を抱きしめる。
「ありがとう、生きていてくれて」
「あなたが、私を信じてくれたから」
闇は払われた。
だが、国の毒はまだ根深い。
それでも――今、ようやく“光の毒”が、王都に咲き始めた。