第14話:偽りの王、そして動き出す影
フィア・ノワゼットの黒薔薇室加入から三日後。
王都は奇妙な静けさに包まれていた。毒事件も外交衝突も表面上は沈静化していたが、王政庁の裏では、明確な“敵の気配”が蠢いていた。
「王都北部の貴族街にて、不審な輸送箱が発見されました」
情報将校ティナがイレナに報告する。
「内容は薬品類と毒素素材。その出所は、“セルダリア王国を経由した”名義になっているけど……」
「偽装ね」
イレナは手にした書類を見ながら、冷静に言い放つ。
「つまり、誰かが“セルダリアの影”を使って、国内で毒の流通を操っている。そしてそれは――王政の中にいる」
一方、王宮執務室。
レオン王子は連日の政務に追われていた。
カイル第一王子の失脚以降、王政派と貴族派の対立は徐々に表面化し始めていた。
その中で、極めて異質な動きが確認された。
「“枢密院”の副長、レグナル卿が極秘裏に資金を動かしているという報告が上がってきました」
アデルが告げると、王子の眉がぴくりと動いた。
「……レグナル卿は“中立派”ではなかったか?」
「建前としてはな。しかしその実態は、“かつて王女を毒殺した黒幕”と繋がっている可能性がある」
王女――リディア。
レオンの姉であり、王家最大の闇の犠牲者。
その夜。
イレナは王子の私室を訪れた。
互いに目を見合わせ、ただ静かに息を吐く。
「今、レグナル卿を動かしているのは“黒い貴族ネットワーク”よ。裏で毒の原料、兵器、実験体まで扱ってる。国の法が届かない、影の商人たち」
「……その中心に、サウルが?」
「ええ。でも彼はあくまで“道具”。本当の首魁は、もっと別のところにいる」
王子が椅子から立ち上がり、歩み寄る。
「イレナ……もう“自分ひとりで抱え込む”のは、やめないか」
その手が、そっと彼女の頬に触れた。
「君が何を背負っていようと、俺はそれごと君を守る」
イレナの瞳が揺れる。
「それは……あなたが王だから?」
「違う。“君だから”だよ」
言葉が、夜の静寂に溶けていく。
翌日。
黒薔薇室本部にて、緊急作戦会議が開かれた。
「王都北部にて、“偽の王印”を使った偽薬が出回っている。しかもそれが、貴族院を通じて地方にも流れているらしい」
ティナの報告に、フィアが手元の薬瓶を光に透かしながら言う。
「この成分……見覚えあるわ。サウルが“儀式毒”として使っていたもの」
イレナが目を細める。
「つまり、この毒の流通元を追えば――次のサウルの“舞台”にたどり着ける」
「場所は王都北区の旧劇場“ルセーヌ座”。今は廃墟同然だけど、近頃そこに人の出入りがあるって噂よ」
アデルが地図を広げた。
「なら今夜、決行するか。“影狩り”の時間だな」
その夜。
“ルセーヌ座”の廃墟に、黒薔薇室のメンバーが潜入する。
扉を開いた瞬間――目に飛び込んできたのは、かつての王室を模した偽玉座。そして玉座に座る、黒衣の男。
「よく来たな、イレナ。王子の毒よ」
男の名は、レグナル=ヴォルグ。
枢密院の副長にして、裏王政を操る影の貴族。
「君が過去を乗り越えようとするのは勝手だが、それを潰すのが我々の仕事だ。……“継承者の毒”を、今宵、ここで断つ」
周囲から次々と現れる仮面の兵たち。
黒薔薇室、初の全面戦闘が始まろうとしていた。