第11話:訪れた使節団と黒き誓い
王政庁の東門が開いたとき、王宮に緊張の気配が走った。
訪れたのは、隣国セルダリアからの外交使節団。
その先頭には、青い軍服を着た青年将軍と、その横に静かに控える仮面の女性がいた。
「セルダリアは、我が国の新たな王位継承に対し、祝意と協力を表明する」
礼儀正しい声とは裏腹に、その言葉には明確な“探り”があった。
イレナは、使節団の列を一瞥し、眉をひそめた。
(あの女……ただの従者じゃない。毒の気配がある)
一方、正式に“王位継承候補”として認定されたレオン王子は、使節団を迎える立場にあった。
だが、ただの儀礼では終わらない。
この訪問にはもう一つの意味があった。
「セルダリアは、かつてサウルと技術提携を結んでいた国家……」
アデルが囁く。
「つまり、あの仮面の女は……」
「サウルの“もうひとりの弟子”よ」
イレナの声が低く響いた。
その夜。
黒薔薇室にて、緊急の作戦会議が開かれた。
出席者は、イレナ、アデル、情報将校のティナ、そしてレオン王子。
「明日の晩餐会にて、セルダリアの使節団は“祝杯の毒”を仕掛けてくる可能性が高い」
「それをどう察知した?」
「香りよ。彼女の仮面から、かすかに“灰銀花の毒香”が漏れていた。あれは特殊な遅効性の吸引毒……乾杯後、数時間で心肺を鈍らせる」
アデルが唸る。
「まるで外交そのものが“毒の戦争”だな」
「そうよ。だからこそ、黒薔薇室の出番」
翌日、宮廷での晩餐会。
豪奢な会場に、各国の使節が集まる中、中央に立つ王子と、グラスを掲げる仮面の女。
「毒を、用意したかしら?」
女が小さく囁くと、イレナは微笑み返す。
「ええ。でも、そっちは“解毒”よ」
乾杯のグラスが交わされた瞬間、仮面の女の手が止まった。
「……何を混ぜた?」
「“反響薬”。あなたが用いた毒の波長を逆照射する。あなたの毒が飲めば、即座に“共鳴反応”を起こして周囲の空気を変質させるわ」
「つまり、飲めばバレる……?」
「ええ、全員にね。王族の晩餐で、毒を仕掛けた国の評判がどうなるかしら?」
沈黙の数秒後、仮面の女はグラスをそっと置いた。
「……完敗ね、“姉弟子”」
宴が終わった後。
レオンとイレナは、王宮の中庭を歩いていた。
「今日の一件、見事だった。外交の場を毒で制するとは……他の誰にもできない」
「でも、これからもっと強い“毒”が来るわ。サウルはまだ生きてる。そしてきっと、“私を試す”次の刺客を放つ」
「なら、俺たちが先に動こう」
レオンはイレナに向き直り、手を差し出す。
「“黒薔薇室”の名に誓って。この国の闇を切り裂こう。君の毒と、俺の覚悟で」
イレナはその手を取った。
「ええ。私たちは、毒と共に、真実を暴く」