第10話:継承会議、そして開かれた棺
王宮の大議事堂には、厳粛な空気が満ちていた。
今日は、王位継承に関わる重大な決議――「継承会議」が開かれる日。
国王は病に臥しており、その代わりに摂政代理のもと、王族、元老院、貴族派閥の代表たちが一堂に会していた。
その中心に立つのは、第一王子・カイルと、第二王子・レオン。
そして、王子の傍らに立つイレナの存在は、異様なほどに注目を集めていた。
「第二王子は長らく病床にあり、王位継承に必要な資質に欠ける」
第一王子派の重臣が声高に主張する。
「それに加え、そばに控える女は何者だ? 毒使いとして処刑された者だと聞くが?」
議場がざわつく。
だが、イレナは動じなかった。
レオン王子が、一歩前に出る。
「この場で、王族の名を汚す行為をしているのは――誰だ?」
その声音は鋭く、静かに威圧を帯びていた。
「私はこの一年、意識の奥で闇と戦っていた。魂を蝕む毒の中で、忘れかけていた真実と向き合い続けた」
「姉――リディア王女は、病死などではなかった。王家に仕える名を語った“毒術師”によって、意図的に命を奪われたんだ」
重い沈黙が落ちる。
「証拠はあるのか」
再び重臣が叫ぶように言うが、王子は静かに頷いた。
「私の魂に刻まれていた“毒の刻印”。その残滓と共に――姉が最後に描いていた記録が、昨日、地下の棺から見つかった」
その場に用意された棺。
開かれた蓋の中に納められていたのは、リディア王女の遺品――日記の断片。
“彼が言った。『これはただの薬。君を永遠に休ませるものだ』と”
“弟が扉の外にいた。私は、最後に彼の声を聞いた気がする”
“もう、笑えなくなっていく自分がいる。でも――弟には、笑っていてほしい”
「これは、毒によって奪われた“声なき証言”です」
イレナが静かに語る。
「そして、私が施術した“解毒の儀”によって、レオン王子はその記憶を取り戻しました。魂の刻印は、王女の死と同じ毒によるものと一致しています」
議場が揺れる。
カイル第一王子が立ち上がり、唇を震わせながら叫んだ。
「そんなもの……そんなもの、証拠になるかっ!」
「なるとも」
と、その声に被せるように、ひとりの男が現れた。
灰色のローブ。仮面。
現れたのは、亡きはずの毒の師――サウル・ミーディアス。
「久しいな、王族の方々よ」
どよめきが起こる。騎士たちが剣を抜くが、サウルは一歩も引かない。
「真実を語ろう。私にリディア王女の“毒の実験”を命じたのは――第一王子の側近、元侍従長。そして、その命令は、王子の署名と印章によって正当化されていた」
「……カイル……」
レオンが低くつぶやく。
カイルは顔を真っ赤にしながら、目を逸らす。
「私は知らなかった……! あの時、側近に全部任せていた。まさか……そんなことを……!」
だが、それは「知らなかった」で済む問題ではない。
「あなたが玉座につけば、再び“無関心という毒”がこの国を蝕む」
イレナが一歩前に出る。
「王とは、“見て見ぬふり”が許される立場ではない」
その瞬間、場に沈黙が広がり――
摂政代理が立ち上がった。
「継承会議の投票を行う」
投票の結果、第二王子・レオンが正式な王位継承候補として認定された。
第一王子・カイルは王宮から一時離れる“静養”の名目で、政治の表舞台を退くこととなった。
そして同時に、王政庁直轄の**特別諜報部“黒薔薇室”**の設立が発表された。
その長には、イレナ・アルミリア。
かつて“毒使い”として追放された彼女の名が、今、国を守る象徴として再び刻まれた。
夜。
王宮の高台に立つレオンとイレナが、月明かりの下で並んでいた。
「君がいてくれたから、ここまで来られた」
「私はただ……過去の罪を正したかっただけよ」
「それでも、俺にとっては“希望”だった」
レオンがそっとイレナの手を握る。
「王になったら、君を――」
「言わないで」
イレナが口元に指をあてる。
「あなたが王になるその日まで。私は“毒”であり、“影”でいさせて」
「……分かった。ならその日が来るまで、俺は君を信じる」
夜風がふたりの髪を揺らす。
静かで、確かな誓いが交わされた。