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最終話

 週明け、検査の結果特に異常も見られないので退院が決まると、

 サラがキョウコを迎えに来た。

 サラはキョウコをじっと見つめたまま言葉を失った。

 本当なら泣いて抱きつきたいのだが、

 それでは目の前にいるキョウコを困らせてしまう。

 どうしていいか途方に暮れていると、

 ユウキがキョウコと一緒に写っている写真を

 見せてあげて欲しいとお願いしてきた。

 サラは自分のスマホを手に取り

 これまで撮ってきたキョウコとの写真を一枚一枚見せた。

「私達仲いいんですね」

 キョウコが言うと、

 サラは涙を堪えることができなくなった。

「ごめんなさい。混乱させちゃいますよね」

 キョウコは首を振って

「心配してくれてるんですよね。ありがとう」

 そう言ってサラにスマホを返した。


 退院して一人暮らしの家に帰るのは心細いかもしれない

 ましてや記憶がないとなると見ず知らずの人の家に滞在するのと同じで、

 不便もあれば落ち着かないのではと思い、

 サラは自分の家に泊まることを勧めた。

 でもキョウコは自分の家を選んだ。というのも、

「こうして皆が心配してくれてるんだから、

 このままでいいって言うのは違うかなって」

 と、自分の家で過ごせば少しでも記憶を取り戻すことが

 できるのではと思ったからだった。


 記憶を取り戻すために翌日キョウコは会社にも行った。

 ただ、皆事情は知っているので、

 キョウコは席から皆の仕事ぶりを見ているだけだった。

 そこへ仕事の合間を縫ってアツヤとナミが心配してやって来た。

 二人はまるで新人のように自己紹介をした。

 そして、自分たちとの関係性を説明し、

 キョウコにどんなに面倒見てもらっていたかを話し改めて感謝した。

「そう言ってもらえると、

 記憶がないから実感は湧かないけれど、すごく嬉しい」

 とキョウコも二人に感謝した。そして、

「なんか、これだけ皆から良いことだけ言われると、

 まるでもう死んだ人みたいね」

 そう言って笑った。


 昼はいつも一人で公園ランチをしているということだったので、

 ひとまず公園へ行った。

 そして休憩場所に選んだのは、不思議といつものベンチだった。

 キョウコはそこに座ると

「なんかここ落ち着く」

 辺りを眺めながらそう呟いた。

 しばらくするとサラがマミコを連れてやって来た。

 マミコもやっぱりサラと同じで、

 キョウコを見ると今すぐにでもキョウコを抱きしめて

 慰めてあげたい衝動に駆られた。

 でもマミコもそこは精一杯我慢して気丈に振る舞った。


 もともと信頼し合っている間柄だけあって、

 キョウコはすぐに二人と意気投合した。

 そして、キョウコはこれまでのキョウコを取り巻く人達と話し、

 触れ合うことで、どんなに皆に愛されていたかを知り、

 そんな自分を好きになった。

(今の私がこれからどうなるかわからないけど、

 少なくともこれまでの私は皆に必要とされている人)

 と考えると、例えどんな現実に直面しようとも、

 皆のためにできるだけ早く記憶を取り戻したいと強く思った。


 翌日もランチにはマミコとサラが時間を割いて一緒にいてくれた。

「キョウコ、明日誕生日だね」

「誕生日会やる?」

 二人が誘うとキョウコは申し訳なさそうに

「ごめん、先約があるんだ」

 と答えた。二人は驚いて、

「誰?」

 と同時に聞いた。

「オオタニさん」

「あの御曹司ー?」

 とマミコが驚くと

「入院中ずっと一緒だったもんね」

 サラがフォローすると、マミコはサラの耳元で

「それにしても手、早すぎない?」

 と囁くと、すぐに気を取り直して

「じゃあ楽しんでらっしゃい。ちゃんと事後報告は忘れないでね」

 と言って笑った。


 搭乗客の捜索は困難を極めていた。生存者は未だゼロ。

 6日経つのだから、生存者の望みはないに等しい。

 次々と遺体は運び出されているが、タクヤらしきものはまだだった。

 シンジはタクヤの両親と入れ替わるように東京に戻って来ていた。

 タクヤがいなくなった今、タクヤのことも気にはなるが、

 それよりも今後会社をどうしていいか悩んでいた。


 木曜日。

 キョウコはランチに行く前に一旦自分の席に戻ると、

 デスクの上に見当がつかない手紙が置いてあった。

 キョウコは手紙を手に取って差出人を確認しようとした。


「手紙、先輩のデスクに置いてきた」

 とアツヤが言うと、

「え、あの手紙先輩に渡してきたんですか?」

 驚いたようにナミが言った。

 その手紙は出張前にタクヤが

「万が一、俺に何かあったらキョウコに渡してほしい」

 とシンジに託したものだ。

「たかだか出張に行くのに毎回遺書書いてたら、

 この先何通書くことになるんだ?」

 真剣なタクヤとは対照的に、

 惚気の類いにしか思ってないシンジは「ハイハイ」と言って

 気楽な気持ちで預かった。

 でもそのまさかが起きたことで

 シンジは現場に向かう前にキョウコにその手紙を渡すよう

 アツヤに頼んでいったのだった。


「やっぱりシンジョウさんの思いは伝えないとだし、

 それは記憶が戻ってきてからじゃ遅いと思うんだ」

「だからって…皆に相談してからからの方がよくないですか?」

 そんなやり取りをしている間にも、

 もう置いてきてしまった手紙はいつ読まれても遅くはなかった。

 心配になったナミは

「とりあえず先輩のお友達に連絡します!

 ミタカ先輩はミタ先輩のところへ行ってあげてください!」

 と言ってマミコに電話をかけた。


 キョウコは手紙を取り差出人を確認すると

 封筒裏にシンジョウタクヤと名前が書かれていた。

 キョウコはどこかで聞いたことがあるその名前を

 必至に思い出そうとしてると、

 頭に電気が走ったように痺れ、そのうち強い痛みが頭を覆った。

 キョウコは耐えられなくなりその場で頭を抱えながらうずくまった。

 その痛みの中、薄っすら一人の顔が浮かび上がってきた。

 悩んでる顔や、笑ってる顔、ぶすっとしている顔など

 いろいろな場面の顔が、記憶とともに徐々に鮮明になってきた。

「タクヤ…」

 ついにキョウコは最愛の人を思い出し、事故のことも鮮明に蘇った。

 そのまま声にはならない声をあげて泣き出した。

 そこへアツヤが駆けつけキョウコを抱き上げると

 部屋の隅にあるソファーに連れてった。

 マミコもやって来てキョウコの隣に座り

 泣きじゃくるキョウコを力強く抱きしめた。

 ちょうど昼休憩の時間と重なり、辺りには人はあまりいなかった。

 しばらく泣いて落ち着いたのか、

 思い出したようにキョウコはタクヤからの手紙を探した。

 アツヤが持ってくると、急いで封を開けて手紙を読んだ。


 



 キョウコへ


 君がこれを読んでるってことは、僕はもうそこにはいないんだね。


 キョウコ、ごめん。君を守ってあげられなくなってしまった。

 約束を破ってしまって本当にすまない。


 僕は君に出会えて本当に良かったと思っている。

 ミワとのことがあって、

 僕はもう人を好きになれないんじゃないかと思っていた。

 でも、君が現れてまた人を好きになれた。

 それも、こんなにも本気で好きになれる人が現れるなんて

 思ってもみなかった。


 君を見る度ドキドキして、

 君を思い出してはため息をついて、

 今君は何をしているんだろう、

 今君は何を考えているんだろう、

 僕のことを少しでもいいから思ってくれていないだろうか、

 もしそうだったとしたらどんなに嬉しいことか、

 勝手に一喜一憂したりして暇さえあれば君のことを考えていた。


 君に会う度また会いたくなり

 君に会えない時は無性に会いたくなる。

 君のことを思えば思うほど胸が苦しく辛くどうしようもないけれど

 それも今思えば本当に幸せな時間だった。


 君の笑顔にどれだけ幸せな気持ちになれただろうか。


 君の元気にどれだけ救われたことだろうか。


 君の言葉にどれだけ励まされたことだろうか。


 もう君がいない毎日は考えられなかった。


 そんな君が「ずっと傍にいたい」と言ってくれた時、

 僕は飛び上がるほど嬉かった。

 これからあの幸せそうな笑顔をずっと傍で見て過ごすことができるなんて、

 これからの人生もうワクワクすることしか考えらなかった。

 でももうそれも叶わないんだね。

 一時でもそんな気持ちを味あわせてくれて本当にありがとう。

 君を好きになって本当に良かった。


 そんな大好きなキョウコには、幸せな人生を歩んでほしい。

 それが僕の最後の願いです。


 キョウコ、今までありがとう。お幸せに。


 タクヤ


 


 

 流しても流しても涙は止めどなく流れてくる。

 身体を預けて泣きじゃくるキョウコを優しく包み込みながら、

 マミコも泣いていた。

 一緒にランチをしようと来ていたサラも一緒に泣いた。

 しばらくしてキョウコは思い出したように、

「今日、木曜だよね!」

 そう言うと、立ち上がりエレベーターホールへ走り出した。

 全員がキョウコを追った。

「どうしたの、キョウコ」

 マミコが尋ねると

「約束したの、タクヤと」

「キョウコ、しっかりして!」

 そう言ってもキョウコは止まることをせずビルを出て公園と向かった。

 遠くからベンチを見ると、ワイシャツ姿の男性が俯いて座っていた。

「タクヤ?」

 キョウコが呟いた。



 一週間前、タクヤは出張のため空港にいた。

 手荷物を預けチェックインまで済まし、

 搭乗ゲート付近の待合所で搭乗時刻を待っていた。

 夕刻の国内線は出張組もいて、そこそこ賑わっていた。

 仕事とはいえ久しぶりの故郷はタクヤにとっても楽しみだった。

 そして、

「キョウコの誕生日プレゼントは何がいいんだろうか。

 欲しいものを聞いとけば良かった」

 など考えながら、ついつい顔がニヤけてしまっていた。


 いよいよ搭乗時間になり搭乗口がオープンになると、

 待っていた客が次々に流れ込んだ。

 タクヤも同じくゲートを通ると、

「お客様のお呼び出しを申し上げます。

 シンジョウタクヤ様、タナカ様がお待ちになっていますので

 案内カウンターまでお越しください」

 と自分の名前を呼ぶアナウンスが耳に入ってきた。

 悪い予感がして急いで入ってきたゲートを出て、

 CAが呼び止めるのも聞かず「すぐ戻るから」と言って走り出した。

 タクヤはミワが「タナカ」という偽名で

 呼び出したに違いないと思っていた。

 というのも、

 チェックインした時にミワの所在をGPSアプリで確認したところ、

 電車に乗ってこちらに向かっているのが分かったからだった。


 実は、二人が夫婦だった時に

 ミワの提案でGPSアプリを共有して使っていた。

 別れることになって外しても良かったのだが、

 離婚をごねているミワが最終的に逆上するかもしれない、

 そう考えると自分はまだしも周りに危害を加えるようなことがないよう

 彼女の所在を把握する必要があったからだった。

 しかも、ミワもタクヤの所在を常に確認したいだろうことから、

 タクヤが外せばミワも外すことが容易に想像できたからだった。


 タクヤは走りながら

(これで本当に終わりにしよう)

 この機会にどんなことがあっても決着をつけようと

 案内カウンターへ向かった。

 そしてやはりそこにいたのは偽名を語ったミワがいた。

 タクヤは急いでミワの手首を掴んで人目のつかないところへ連れて行った。

「話を聞く。でもこれで最後にしよう」

「言うだけじゃ腹の虫が収まらないわよ!」

 ミワはそう言って鞄から刃物を取り出した。

 そして両手で柄を握りタクヤの左腹部へ突き刺した。

 タクヤは一瞬の隙を突いて避けようと思えば避けられたが、

 受け入れることでミワへの贖罪とした。

「早く行け!」

 タクヤはミワを追い払い、

 ジャケットからハンカチを取り出して柄の部分を拭いた。

 そこで力尽きて床に倒れ込んだ。

 ミワはその場を走り去って空港を出たところで

 自分のしたことを後悔し始めた。

 そして第一発見者の振りをして急いで救急車を呼んだ。


 搬送されるとすぐに手術が行われた。

 出血は酷かったが、

 わずかに急所を外れていたため何とか一命を取り留めることができた。

 しかし、予断を許さない状態でICUでの治療が続けられた。

 ミワはタクヤの身内として治療室の外から彼をずっと見守り

 彼の回復を願っていた。

 そして緊急入院から4日目、

 タクヤはなんとか一般病棟へ移ることができた。

 一般病棟へ移るとすぐに警察官がやって来て事情聴取が行われた。

 しかし、タクヤはミワのことを一切口にしなった。

 彼なりのミワへの謝罪の気持ちがそうさせたのだった。

 そんなことよりもタクヤは

 キョウコに連絡をしたくて仕方なかった。

 しかし、スマホはおろか所持品は全て

 ミワが持っているだろうことは分かっていた。

 看護師から所持品は全て身内の方に預けたと聞いていたからだった。

 覚えている番号は実家の電話だけだ。

 しかしいつ電話しても誰もでることはなかった。

(一刻でも早く病院を出ることしかないな)

 そう思うが、まだ歩くのもままならない。

 それでもキョウコに会いたい一心でリハビリに励んだ。

(何とか歩けるようになれば…)


「タクヤ?」

 キョウコが呟くと、まさかという思いで皆がベンチの方を見た。

 それでもキョウコはその姿を見つめたまま

 ゆっくりと歩みを進めた。

 その姿が近づくにつれてキョウコの目は自然と涙で溢れていった。

 溢れては拭き、溢れては拭いてようやくその姿が誰だかわかった時、

 キョウコは名前を呼びながら駆け寄って抱きついた。

「夢じゃないよね!」

 脂汗が止まらないほどの痛みがあるタクヤだったが、

 彼もまたキョウコを力一杯に抱き締めた。

 キョウコは絡みついた全身でタクヤの存在を確かめて、

 そしてタクヤの顔をまじまじと見つめキスをした。

 そしてまたタクヤを抱きしめた。


 そんな幸せそうな光景を遠目で見ていたナミは

 さっそくユウキにビデオ通話で連絡をとった。

「今日の予約、キャンセルしたほうがいいみたいよ」

 と嬉しそうに報告し、幸せそうな二人を映した。

 ユウキは目を疑ったが、

 そこに彼氏らしき人がいることは紛いもない事実だった。

「とにかくハッピーエンドよ、あなた以外は」

 ナミはそう言って笑った。

「じゃあ、今晩、君が付き合えよ」

 ユウキの誘いにしばらくためてから

「考えておきまーす!」

 と嬉しそうに答えた。


「心配かけてごめん」

 キョウコは抱きつきながら首を大きく横に振った。

 しばらくしてタクヤはキョウコを身体から離すと

「誕生日おめでとう、キョウコ」

 そう言ってキスをした。

 それは痺れるほど長く、そしてうっとりする熱いキスで、

 まさしくキョウコにとって最高のプレゼントだった。

 そして、何年後かにここで二人の結婚式が行われることは

 今はまだ誰も知らない。

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