1話
(またいるよー)
昼時、キョウコはいつもこの公園のベンチで
ランチをするのが日課だった。
ベンチは決まって東側の左から二番目。
それが最近では先約の男性がいるからムカついている。
まあ、公共のベンチだから誰が座ろうが勝手だし
二人用だから座れないこともないが、
後座りはどうも気分がよくない。
しかも、髪はボサボサでスーツはヨレヨレ、
覇気のない見た所40歳手前の中年男。
女性やイケメンならまだしも、
せっかくのランチタイムが台無しだ。
だからといって他のベンチに座るつもりなどさらさらない。
(仕方ない、また相ベンチで我慢するか)
イライラ気分で無言でどかっと座る。
それでも先約の男性は全く意を介さないので
余計にイライラするのだ。
広告代理店に入社して4年目。
1年目の研修期間は同期たちと毎日近くの店でランチをしていたが、
研修も終わるとそれぞれ配属された部署に早く溶け込むためにも
同僚たちとの付き合いが優先になっていった。
もちろんキョウコも例外ではなかったが、
彼女が専務のコネ入社というのがわかると
部内の人間関係がグシャグシャになり、
それが煩わしくなってキョウコは孤立を選んだ。
オフィス街にぽっかりと広がるこの公園は
近隣の働く人たちの憩いとなっていて、
キョウコにとっても唯一気が抜ける場所として
もうここ何年もこのベンチで一人ランチを楽しんでいる。
このベンチにこだわるのは、
そびえ立つビルの中にありながらちょうど正面に
ぽっかり空が広がっているのが見えるからだ。
この歳になるまで地方で生活していたキョウコには、
息が詰まるオフィス街で唯一深呼吸できる場所だ。
ついでに言えば、最近は
お気に入りのビジネスマンが向かいのベンチに座りにくるからだ。
どこの誰だかわからないけれど、
毎日のように早々とランチを済ませて
コーヒー片手にこの公園に来ては、
同僚らしい人たちと談笑している。
初めて見た時から気になってしまって、
今ではその男性を見て幸せな気分に浸り日々の英気を養っている。
それなのに、最近隣の男にすべてを台無しにされている。
隣の男が食べている弁当の中身はいつも冷食のおかずが並んでいる。
(今日も弁当が茶色だなー)
薬指の指輪で既婚者だというのはわかっているが、
じゃあこの弁当は誰が作っているのかが
キョウコは毎回気になって仕方がない。
身なりにしたってそうだ。
まるでだらしない独身のようで、とても奥さんがいる人とは思えない。
気にしたくないのに近くにいるからどうしても気になってしまう。
すると営業部のマミコからメールが届いた。
「今日合コンがあるんだけど、
女性の人数が足りないから来てくれない?
サラも来るから、ハズレだったら
その後今月まだやってない女子会でもしよう!」
という内容だった。
マミコとサラは仲の良い同期組。
部署が違う彼女たちとは普段なかなか会えず、
そのため月一で女子会を開くようにしている。
キョウコは合コンは苦手だが
これを逃すと二人と当分会えないかもしれないので、
参加することを伝えた。
すでに待ち合わせ場所にはマミコと女性2人がいた。
「私の後輩」
と二人を紹介すると、
「相手は得意先の人たちだからよろしくね!」
粗相がないようにと全員にやんわりと釘を刺した。
店に入ると4人の男性が席に着いていた。
お互いに軽く挨拶を交わすと相手の幹事らしき人が
「ごめんなさい、一人遅れます」
と言うので、先に始めることにした。
乾杯をすると、簡単な自己紹介が始まった。
男性陣の幹事が
「皆部署は違うけれど同じ食品メーカーで同期入社」
という大まかな紹介から始まり、
左端から順々に回り4人目の男性が話している途中で
遅れていた男性が店に入ってきた。
「遅れてすみません!」
どんな状態か把握もせずにいきなり謝る男性に
「タイミング考えろよー!」
自己紹介を遮られた男性が突っ込んだ。
ちょっと緊張気味の合コンの席は笑いで和んだ。
ただ一人を除いては。
(えー、あの人だ!)
声には出してないけれど、
遅れてきた男性の顔から視線を外さないキョウコの様子は、
笑い終えた皆の注目の的になった。
「キョウコ!」
隣のサラがキョウコを肘で突くと
キョウコは我に返って周りを見渡した。
全員がにやけた顔で見ていたので慌てて
「知り合いに似てたから…」
と取り繕うも、
明らかに顔が赤くなっていたのでバレバレだった。
ただ、そこは皆大人なので、
暗黙の了解で「そういうことにしておこう」と
自己紹介を再開させた。
キョウコは恥ずかしくて俯いてはいたけれど
目の前の男性のことを考えていた。
いつも公園のベンチからで遠目で見ているだけだから
はっきりわからないながらも、
今日参加しているメンバーも
公園で見る人たちに似ていることから
目の前の男性が公園の男性であると確信した。
(こんなことってあるのー!)
お気に入りの彼が目の前にいることで
キョウコの心臓はバクバクと音を立てていた。
気付くと全員の自己紹介は終わっていて、
目の前の男性のことはもちろん
自分が何をしゃべったのかも覚えていなかった。
いつも見ている男性が、手の届く距離にいる。
キョウコは改めてそう考えると全身が熱くなって
意識が飛びそうになった。
そんな状態でいたものだから、
お目当ての男性の印象が想像通りだったという
ぼんやりとした記憶以外、
合コンで何があったか何を話したかはほとんど覚えていない。
ただ“タケダリョウ”とメアドの交換をしたことは
スマホが覚えていた。