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陽キャのやっかい事  作者: 優張
第一章:掲示板の謎
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前編

 修は目覚めると大きなあくびをする。時計の針は昼の2時をさしていた。体に力が入らず10分ほど布団の上で体をくねらせる。気持ちを固めゆっくりと起き上がると、携帯の通知を確認する。一件の着信が入っていた。不吉な予感がした。大学の唯一の友達、隼人からである。

 「よお。もしかして今起きたのか?」隼人の朗らかな声が寝起きの頭によく響く。

 「要件は?」修はいらだちを隠さず問いかける。

 「今日、焼肉行こ」「金がない」「おごるよ」「わかった。行く」ただ飯を断る理由はない。隼人のいつもより優しい声が少し気にかかる。

 修は現在大学3年、留年もせずにここまでこれたのは隼人のおかげである。隼人と修は高校からの友達で、偶然にも同じ大学の同じ専攻に進学した。修には友達ができない一方で隼人は誰からも好かれる人気者だ。真面目に授業を受けながら大学生活を謳歌している。欠点を挙げるとすれば異常なまでのお人好しという所だ。喧嘩の仲裁、恋愛の相談など数々の面倒ごとに巻き込まれるのをそばで見てきた。かくいう修もその欠点に助けられている1人である。

 約束の時間が近づくまで部屋で適当に時間をつぶす。焼肉のために腹を空かせてから集合場所に向かう。集合場所は大学最寄りの駅である。隼人はすでにそこにいた。

 「髪伸びたんじゃないか?」そういう隼人はいつもと変わらず元気そうだ。春っぽいジャケットをうまく着こなしている。

 二人は近況を話し合う。と言っても修の生活には大して変化がないため、隼人の近況を聞くことが多くなる。

 「そういえばこの前、お前の履修登録を手伝ってやったよな。その後、飯もおごった」唐突に隼人が語りだす。

 「そして今日もおごってやる」隼人は不敵に笑う。

 「何が言いたいんだ?」修はその笑みに寒気を覚える。隼人がその笑みを浮かべたとき、たいてい面倒ごとを頼まれるということを修は知っていた。

 「頼みがある。お前にしかできない」

 隼人は年に数回、面倒な頼み事をしてくる。隼人は多くの人に頼られる。その中で隼人自身がどうしても解決できないことを修に頼んでくるのである。高校の時から隼人はなぜか修の頭脳を高く評価している。

 隼人は修が断れないと知って頼んできている。そこに少し腹が立つが、修に断るという選択肢はない。

 修はこれから訪れる厄介な日常を想像し、絶望しながら答える。

「わかった。何をすればいい?」


ーーー


 2日後、隼人が会わせたい人がいると言うので久しぶりに大学に向かう。神田川沿いを歩きながら、桜を眺める。今年はずいぶんと遅咲きのようだ。

 隼人とその人は食堂で向かいあわせで座っていた。体格はがっちりとしているが重厚な眼鏡をかけ、いかにも理数科目が好きという顔だちである。

 「おい、5分遅刻だ。すまんな、藤岡」隼人はなぜか謝っている。

 「大丈夫だ。こちらがお願いを聞いてもらう立場だからね」なぜか許されたようだ。

 「じゃあ、この前も聞いたんだけどもう一度例の問題について話してもらえる?」

 そして藤岡という男は眉間にしわをよせ語り始めた。

 どうやら藤岡はロボットサークルの会長らしい。そのロボットサークルについては、あまり大学に行かない修ですら知っている。全国屈指のサークルであり、年一回行われる大会では常にトップ3に入る。ロボットサークル目当てでこの大学を志望する学生も少なくないという。

 このサークルも4月に入り、類にもれず新入生の募集を行っている訳だが、そこで問題が発生した。

 「なぜか募集のチラシがはがされるんだ」なんだそんなことか。大したことないではないか。

 「風で飛ばされたか、貼っちゃいけない所だったんじゃないですか?」修は一気に興味を失い、適当に答える。隼人が鋭くこちらを睨んだ。

 「もちろん許可は取っている。しっかりと固定もしているから風ごときで飛ばされるはずがない。誰かの手によるものだ」藤岡は毅然と主張する。

 「誰かが間違えてはがしちゃうこともありますよね」藤岡は顔を横にふる。

 「今日で5回目だ、それも毎日。意図的なものに違いない」なるほどと修は頷く。少し興味がそそられる。

 「今から新しいものを貼りに行くところだ。一緒に来てほしい」そういうと藤岡は立ち上がった。思ったより上背がある。

 北門近くにある掲示板までみんなで歩いていく。その間に軽い自己紹介を済ませた。

 掲示板の前につくと無数のチラシがところせましとちりばめられている。中には色褪せた古いチラシも残っている。ほとんどのチラシが新入生の募集を掲げているようであったが、奨学金の紹介などもある。左下にぽっかりと穴が空いている。

 「ここだ。ここにいつも貼っている」そういいながら藤岡は新しく持ってきたチラシを貼る。

 「他のサークルの連中に聞いても、はがされるということはないらしい。つまり、うちだけが狙われてるってことだ。全く、腹立たしいよ」藤岡は力任せに画鋲を突き刺した。

 「毎朝、部員の1人が北門から登校する。その時にはがされているのを確認して報告してくれるんだ」

 「その人にも話を聞いてみようか」隼人は言う。どうやら探偵の真似事をさせたいらしい。 

 部室が乱立している棟に入る。時間は一限が終わったぐらいであり、夕方に感じられる活動的な雰囲気はない。2階に上がって廊下を突き当りまで進むと、そこがサークルの部室であった。中に入ると、少しオイルのにおいが香る。うずくまって作業している男が顔を向けずに話始める。

 「おかえりなさい、先輩。遅かったですね」返答がないことを不思議に思い、顔をあげる。見知らぬ2人がいて少し驚いているようだ。

 「この人達にちょっと相談してたんだ」

 「こんにちは」隼人が警戒心を与えないように微笑む。軽く自己紹介をした。男は中島と名乗った。大学2年で、北門から毎朝登校しチラシがなくなっていることを確認している。藤岡は南門から登校するため、確認することができない。部室に到着してから藤岡が報告を受け、貼りなおしに行くという流れである。通常2人は朝から部室で作業をし、その後授業に向かうという。

 「他のメンバーはどうしたんですか?」隼人が素朴な疑問を投げかける。

 「夜型のやつが多いんだ。朝型人間は俺と中島ぐらい。他のメンバーに話が聞きたいなら17時、18時ぐらいに来るといい」4人しかいない部室はやけに広く感じられる。人気のサークルだから、大学の中でも広い部屋を割り当てられているのだろうか。

 修はずっと気になっていたことを聞く。

 「なんで毎回会長が貼りに行っているんですか?」

 「大学のルールだよ。サークルの代表者、もしくは幹部しか掲示板にチラシを貼ることができない。監視されている訳ではないから、他のサークルでは1年が貼っているところもあるよ。まあ、うちは歴史あるサークルだから。一応ルールは守っている感じかな」

 「ありがとうございます。また気になったことがあれば連絡します」

 「おうチラシと言っても金がかかっている。犯人を見つけたら教えてくれ。殴り飛ばしてやる」意外にも体育会系か。

 藤岡と連絡先を交換して、外に出る。春の日差しが心地よい。

 「どうだ?わかりそうか?」 隼人が目を輝かせてこちらを見ている。

 「全くわからんな」隼人はわかりやすく落胆する。

 「まあ、信じてるよ。お前の才能は俺が保証する」隼人は修を過剰に評価する傾向にある。期待されるのは悪い気がしないが、期待を裏切りたくないというプレッシャーが周りの重力を強くしているように感じる。

 「じゃあ、授業行くから。出席も出しておいてやるよ」隼人は修の肩をぽんと叩き走り去っていった。

 やることが無くなった修はもう一度掲示板の前に行く。サークルのチラシはまだそこに貼ってあった。新入生と思わしき学生の集団が掲示板の前で立ち止まり何やら騒いでいる。近くのベンチに座り、修は考える。

 不思議なことはいくつもある。なぜチラシを剥がすのか。なぜロボットサークルのチラシだけなのか。いつ剥がしているのか。誰が剥がしているのか。

 そんなことをぐるぐると考えているうちに、修は眠りに落ちた。

 周りががやがやとうるさくなってきて、修は目を覚ました。多くの学生が帰る時間帯らしい。修はぼんやりと前を見ていた。掲示板の前に立ち止まる学生は少ないようだった。学生の流れの中に隼人を見つけた。きらびやかな男女に囲まれ楽しそうに談笑しながら歩いている。ずっと眺めていると、隼人が掲示板の前を通り過ぎる直前に目があった。隼人は子犬のように駆け寄ってくる。

 「ずっとここにいたのかよ。それでどうだ、修。何かわかったか?」「何もかもわからんよ。でもあきらめるつもりはない」そう答えると隼人は嬉しそうに笑った。

 「ちなみに、隼人は自動車部とか航空部の友達いる?」

 「おう、いるよ。たくさんな」

 「ちょっと話を聞きたいんだ。紹介してくれ」

 「任せろ。俺はお前がやる気になってくれて嬉しいよ」修は照れくさそうに頭をかいた。


ーーー


 次の日、指定された駅につくと隼人はすでに改札の前で待っていた。

 「15分遅刻だ。相手方に遅めの時間を伝えておいて良かったよ」言い終わるや否や隼人は早足で歩き始めた。10分ほど歩くと、工場のような所についた。

 「今日はここでやってるらしい」そう言った隼人はずんずんと中に入っていく。少し躊躇しながら入っていくと銭湯の熱気のようなものが修の顔面をつつむ。奥ではエンジンの大きな音が響いている。暗かったのでわからなかったが、作業着姿の大学生が30人ほど作業をしているようだった。

 「谷やんいる?」隼人は大きな声で集団に声をかける。小腹が出た巨体が車体の裏から姿を表す。

 「隼人か。待っとったで」野太い声に修は少し恐怖を抱く。

 「この人がここの代表」隼人はすぐに修のことを谷やんと呼ばれた巨漢に紹介した。

 「聞きたいことってなんや?大会が近いから早めに頼むで」谷やんは威圧的にそう言い放った。修は一応用意してきた質問をぶつける。

 「新入生の勧誘とかしてます?」

 「おう、やっとる。なんや入部希望か?」

 「いえ、違うんです。勧誘はチラシ配ったりとかですか?」

 もし犯人なら、掲示板のことについて直接的に問いかけると警戒される可能性がある。そのため、少し遠まわしに聞くことにした。

 「まあ、そういうのも一応やってる。でもほとんどはSNSやな。今いるうちのメンバーの半分は高校からやってるやつ。もう半分はSNSで俺らのこと知ったってゆうてたぞ」

 「なるほど。ありがとうございます」修は軽く会釈をする。

 「それだけか」谷やんは拍子抜けした声をあげる。

 「自動車部と航空部を兼部してるやつもいるらしいから聞いてみよ」そう言った隼人に修はついていく。自動車部と航空部は重要な試合の時期が異なるため兼部している学生も多いらしい。兼業農家みたいなものか。

 同様の質問を投げかけると同じような答えが返ってきた。修は逃げ出すように工場から飛び出す。それに隼人が続く。

 「結局、何が知りたかったんだよ」隼人の問いかけに修は昨日から考えていた仮説を披露する。

 「新入生募集のチラシを剥がしているんだ。普通に考えれば、新入生の入会を妨げる目的だろ」確かになと隼人は同意する。

 「新入生がより自分のサークルに入るために人気なサークルのチラシをはがすってことが考えられる。でもそれなら他の人気サークルのチラシもはがしていなければおかしいよな」

 たしか修の大学ではダンスサークルのメンバー数が最も多いはずである。そのダンスサークルのきらびやかなチラシが掲示板のど真ん中で存在感を放っていたことを修は思い出す。

 「とすると類似したサークルの嫌がらせかもしれないと思った。技術力のある新入生がロボットサークルに流れると嫌かもしれない。そうすると候補は自動車部、航空部あたりだ」

 「流石だよ、修」と隼人は手を叩いて喜んでいる。

 「何喜んでるんだよ。この仮説は外れたんだ」

 今しがた自分の目と耳で確認してきたことを思い出す。自動車部および航空部の勧誘方法はSNSがメイン。チラシを剥がす必要はない。さらに、人手に困っているようには見えなかった。

 「つまり、チラシを剥がす目的は新入生の入会を阻止するためではないということだな」修はつぶやき、考え込む。

 「暗号じゃないか?あそこが空白になることで掲示板全体に何か意味が生まれるんだよ」隼人は得意げに言う。可能性は0じゃない。修が否定しないでいると隼人はますます確信を持ったようだ。

 「行ってみようぜ」隼人は修の顔を覗き込む。「どこへ?」「大学だよ。暗号かどうか確認しに行こう。ついでに剥がされているかも確認できる。剥がされてなかったら犯人が来るまで張り込みだ」

 隼人は嫌がる修を駅に引っ張っていく。

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