俺のすべてになったんだ
気分で書いただけのものになっています。
ご容赦を。
世界が変わった。
「好きです」
「そうですか」
「はい」
「……」
黙って本を読み進める先輩を俺はただただ見ている。
今日もきれいだ。
俺を見ないこの横顔を見ていても飽きない。
「……」
「……」
これを何度しているだろうか。
俺が好きだと伝えても。
いつも決まって、そうですかだけ。
その声に、温度はなくて。
ただただ淡々と。
平坦で抑揚のない声で。
俺を見ない。
それでいいと思っている。
何度だって。
このまま変わらなくてもいいって。
俺は先輩が好きだ。
この先輩が好きだ。
「なにあれ」
「能面みたい」
「ほんと。物音とかしなくて怖いんだけど」
先輩をみて何かを言っている。
能面?
音がしない?
それがどうしたんだろうか。
それが先輩なのに。
先輩はいつも一人でいる。
教室の席は、廊下側の一番後ろ。
廊下からいつも俺は声をかける。
「おはようございます」
「おはよう」
「好きです」
「そうですか」
俺を見ない。
「は?」
「え? なに」
と最初の方はクラスがざわついていたけれど、最近はそれがない。
当たり前のようになったみたいで、だれも触れてこない。
「ではまた放課後」
俺は必ず、朝、先輩の教室にいって、挨拶をして、放課後先輩が図書館に行くから、俺も行く。
それが俺の一日。
先輩に出会って、俺の全てが変わった。
初めて先輩に会ったのは、入学して一か月がたつころで。
同じ中学から来たやつがいなかったから、知り合いはゼロで。
別に友人というものがいなくても、学校生活はなりたつから一人でいるのは苦ではなかった。
学校の敷地は広いから、放課後ふらふらと歩いていた。
部活している生徒。
仲良くしゃべっているグループ。
職員室前で宿題している生徒。
横目に見ながら。
図書館に行った。
驚くほど無音で、空気が冷たく感じた。
音を出さずに息を吐いて、そっと歩いた。
誰もいないと思った。
それでも、足音が響かないように慎重に歩いた。
俺のせいでこのキレイな無音を壊すのは嫌だな。
……。
…………。
呼んだことのある本。
話題になった本。
お勧めとされている本。
……。
…………。
眺めているだけでも十分楽しい。
壁一面に本が並べられている。
どう考えても届かないところに本があるのだけれど。
ゆっくりと一周していると。
……。
先客がいた。
驚いた。
本当に誰もいないと思ってたから。
本を読んでいた。
ページをめくる音さえもしていなくて。
呼吸音もしなくて。
あまりにも静かにそこに座っていて。
ちょうど日差しが差し込んでいて、暖かそうな場所で。
息をのむ音がした。
その音がすごく邪魔だと思った。
この空間において、この人がいるこの無音の状態が完全無欠な空間だと思ったから。
「……なんですか」
俺に視線に気づいたのか、その人は俺を見ずに、いった。
その声はとてもまっすぐで。
俺が聞いたことのあるどんな音よりも、澄んだキレイな音だった。
「すみません……」
「いえ」
とっさにそういうことしかできなくて。
そんな俺を変わらず見なくて。
視線さえも向けられなくて。
その姿から目を動かすことができなくて。
そのまま立ち尽くしてて。
気が付いたら、陽がかげっていって。
暗くなってなかで。
スッとその人が立ち上がって。
我に返った。
……俺何してたんだろう。
そこから俺はその人が誰か探した。
あんなにも無音で。
結局あの後、帰ったわけだけど。
歩く音もしなかった。
横をとおったのに、それでも俺は動けなくて。
あの人はすぐに見つかって。
一個上の先輩だと知って。
教室までいって。
ああ。
……あの人だ。
変わらず音がしない人だった。
それを周りの人は何か言っていたけれど。
そんなことどうでもいい。
先輩だけに目が行く。
毎朝先輩に挨拶して。
放課後図書館で本を読む先輩の横に座って。
ただただ先輩を見ている。
そうして時間を過ごしている。
そんな俺を先輩は一瞥もされなくて。
何も言わなくて。
「好きです」
初めてそういった時も、ピクリともされなくて。
俺は心臓バクバクで。
この音が聞こえてないといいなと願ってしまった。
「そうですか」
先輩はそれだけしか言わなかった。
俺は黙ってしまった。
自分から告白したくせに、それ以上なにも言えなくて。
でも先輩はそんな俺を嫌がる様子もなくて。
それに甘えて、そこから挨拶と一緒に告白している。
それでも、表情一つ変わらなくて。
能面って言われているけれど、変わらない表情が俺は好きで。
先輩の一挙手一投足に俺は目を奪われて。
目で追って。
俺の視線に先輩は何もされなくて。
どんなに俺が見ていても。
先輩が俺を見てくれることはなくて。
そんな先輩が好きで。
見てほしいと思うけれど、見られなくてもいいとも思う。
俺が知らない先輩はきっとたくさんある。
俺を見ないだけで、他の人をみているかもしれない。
俺には表情を変えないけれど、他の人には変えているかもしれない。
まっすぐな透明な声に、感情が乗った色のある声があるかもしれない。
それでも。
それでも。
そんな先輩が好きだ。
どんな先輩であっても俺は好きだと宣言できる。
それくらい、俺は先輩しか見えなくなっていて。
そんな俺を、なにしてるんだろうこいつ、という視線がまとわりついてくる。
でもそんなことどうでもよくて。
先輩の音のない世界に、俺という音がノイズになってほしくないけれど、それでも伝えずにいられなくて。
「好きです」
「そうですか」
今日もこれを繰り返す。
「聞いてもいいですか」
「なんですか」
「どうして私なんですか」
今日。
卒業式で。
初めて先輩が俺の返事以外の言葉を発せられた。
初めて、俺を見た。
……。
声どうようにまっすぐ俺を見ている。
向き合ったのが初めてで。
「ただただ好きなんです。先輩のことが」
「どうして好きなんですか」
「初めて先輩と出会った、この場所で。先輩は本を読まれていて。その姿を俺は見ていて」
まっすぐ見つめ返す。
「ずっと見ていたいって思ったんです。先輩は俺を見ませんでしたが、それでいいって思ったんです。……その目にうつりたいって思ったこともあるけれど。俺は先輩とちゃんと話をしたことはほどんとないけれど。きっと先輩からしたら、俺はなんだろうって思われたかもしれないけれど。先輩が俺をどう思っていてもいいって。どんな先輩でもいいって」
俺がその瞳にうつっていて。
「俺は先輩が好きなんです」
そうだ。
あの瞬間。
邪魔だと思った。うるさいと思った息をのむ音は俺の音で。
「先輩が俺のすべてになったんだ」