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大英雄はメイド様  作者: 智慧砂猫
第一部
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第8話「伯爵家のために」

 ガレトが目を丸くして驚き、ペンをそっと置いてから。


「それは給与が足りないということか? 念のためお前の身辺調査もさせてもらったが、家族はいないだろう。独身なら十分すぎるくらいに思ったが」


「ああ、ごめんなさい。それは別にいいんですう、興味ないのでえ」


 余計なことを口走ってしまったと慌てて取り繕う。


「せっかくお嬢様とも仲良くなれましたし、別館での円滑な仕事を他に引き継ぐとなれば教育の手間も掛かってしまいますでしょう? 元々はあちらでの業務内容に魅力を感じての応募でしたからなくさないでほしいな~って!」


 また余計なことを、と口を手で押さえた。


「あいつと仲良くなったから、だと?……いや、わざわざ追及すまい。だが余計な感情をかける必要はない、お前は別館での仕事だけに尽くして、娘には関わるな」


 どうしてだろう。こんなに腹が立つのは。オフェリアは自分の中で何かがひび割れた気がして、制御が利きそうにもない、不利益になるかもしれないと思いながらも口にせずにはいられなかった。


「自分の娘に愛情のひとかけらでも向けられないんですか?」


「なんだと? お前には何も分かるまい、たかが小娘のくせに」


「小娘ならば世間知らずだとでも。あなたほどではありませんよ」


 意外にもガレトは声を荒げたりせず、冷静で淡々としていた。


「忌々しい娘だ。あれは私の子供じゃない」


「瞳の色が違うからですか。あんなにそっくりなのに」


 ずかずかと机の前に立ち、ばんっ、と勢いよく叩いたオフェリアは、まったく無反応のガレトを見下ろして冷たく睨む。


「生まれながらそういう病気を持つ方もいます。聞けば、きちんとお調べになったこともないようですね。いったい何が目的で、あの子を閉じ込めるんです? これ以上ジョエルを傷つけるようなら、私にも考えがあります」


 呆れた物言いだ、とガレトは一蹴して背もたれにどかっと身を預け、彼女を見あげながら視線を鋭く、小馬鹿にした。


「お前のようなメイド風情に何ができる。私がクビだと言えばそれで終わりの分際で偉そうな口を叩くのはやめておけ。せっかくのチャンスを自分でふいにするのは勿体ない。今のは聞かなかったことにしてやるが?」


 立場の違い。貴族と庶民などそんなものだ。彼らの言葉はときとして簡単に人を殺す。およそ生活というものが立ち行かなくなった者たちが、いったいどれほどいるのだろうか。オフェリアは、それが気に入らなかった。


「権力をふりかざすのはおやめなさい、伯爵。私は本気で忠告しているんですよ、これ以上の横暴は見過ごせないと。言っている意味、分かります?」


「随分はっきり喋るようになるものだな。さっきまでは大人しい庶民の小娘だと思っていたんだが、お前、誰にモノを言っているのか分かってるか」


 売り言葉に買い言葉で返す単調ぶりに、獣同士の会話かと思うほど呆れたオフェリアは、大きなため息をついた。これは埒が明かない。彼は、そういう人間なのだから、そういう手段(・・・・・・)でしか動かないのだ、と。


「はあ、わかりましたよ。じゃあこうすりゃいいんですよね?」


 懐から何かを手に握ると、机に叩きつけるように置いた。憲兵隊が身分証として持つ硬貨にそっくりだったがさらに少し大きく、描かれているのは王冠(ティアラ)だ。そして刻まれているのは称号と名前。ベルモアとは少々違っていた。


「王室の最高位勲章をなぜメイドのお前が……!」


──クイーン・オブ・ナイト・リンデロート。王室から認められた、世界で最も高貴な女性の戦士に贈られる称号に名前が連なる形で刻まれていて、所有者は公爵家に匹敵するか、あるいはそれを上回るとされているが、過去にそれを手にしたのは彼女を含めて二人だけ。


 それがオフェリア・リンデロートの本来の身分だった。


「偽物だと思うのなら、どうぞお確かめを。それが本物であり、所有者たる人物が私だと国王陛下が保証してくださるでしょう。……こんな手段は使いたくなかったのですが、あなたのような話の通じない人間には使わざるを得ないと判断しました」


 リンデロートの素顔を知る者は王室と彼女に最も近しい数人だけだ。勲章を授与された者がいるのは世間的には知れていたが、名前までハッキリとは公表されていなかったため──特に彼女がそれを望んだので──誰も気づきようがなかった。


「ガレト・ミリガン、あなたにはアルメリア伯爵家の当主の座から退いて頂きます。実子だろうとあのような軟禁は重罪です。今日まで見逃してきたのも、僅かでも改心の余地があればと思っての事でしたが……極めて残念です」


 何をどう話を転がしても、彼がジョエルのたった一人の父親であることは間違いない。ほんの少しでも愛情が残っていれば、新しい道を模索することもできた。なにしろジョエルは誰も恨もうとはしなかったし、自分に降りかかった災いを受け止めるだけの器量がある。だが、オフェリアの期待は、ただ虚しく崩れてしまった。


「……あの娘は伯爵家を継続させるための道具に過ぎない。もし今の妻に子供ができなければ、あの娘に産ませるつもりだった。伯爵家を存続させるためには、女ではなく男が必要なのだ。それも我が家系の正しき血統を持つ者が」


 公爵家で実子かどうかも怪しい子を引き取ってくれるはずもない。ましてやアルメリア伯爵家は由緒正しき家柄として長年続いてきた血筋であり、縁が欲しいのは彼らではなく、その周囲の人間なのだ。


 もし自分に子供ができなければ、ジョエルがいずれ連れてくるかもしれない誰かに、その爵位を譲らねばならない可能性もあった。血統を重んじてきたミリガン家が、アルメリア伯爵位に他の血筋に奪われるなど由々しき事態だ。ならば利用する以外に手はないと考えて、ジョエルを軟禁し続けてきた。


「──そんな下らない理由で十七年も人の人生奪ってんじゃねえですよ。そのこと、奥様にも話してないんでしょうが」


「あれが知る必要はない。世継ぎが出来ればいい」


 ガレトが鼻で笑って、視線を窓の外へ向けた。


「世間知らずで若いだけが取り柄の娘だ。取り立てて気性が荒いわけでもなく、どちらかと言えば大人しい。私の言葉には絶対的な服従もする都合の良い駒にすぎない。役割さえ果たせばそれで十分の女だ。器量の良さなど意味を持たないんだよ」


 その言葉に腹を立てたオフェリアが、また机を強く叩く。


「人をどこまで愚弄すれば気が済むんですか、あなたは。奥様は真面目で優しい方です。それをまるで、あの方さえも道具だと──」


 がたっ、と音がして言葉が途切れた。二人の視線が部屋の扉へ向かう。


 うっすらと開いた扉の先で、顔を青くしたロイナが立っていた。


「ごめんなさい。前を通りかかったら声が聞こえてきて、ずっと入ろうと思ってたの。でも怖くて、その。……あなた、今の話って、本当のことなの?」


 ガレトは悪びれもせず、堂々と手を組んでチッ、と舌打ちをする。


「余計な事を聞いたな。ああ、その通りだ。何か問題でも?」

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