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大英雄はメイド様  作者: 智慧砂猫
第二部

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第35話「歩み寄れれば」





「ほら、しっかり。ここの文章間違ってるよ」


「ぬぐぐ……! なぜ儂がこんな事を……!」


 手作りの少し大きなログハウス。森の中に鎮座するのは、かつてセレスタンが暮らしていた場所だ。シャーリンが自分の手で再現したもので──多少の利便性を追求した部分もあるが──彼が大切にしていた畑も、やや小ぶりだが野菜が生っている。


 そんな大自然の中の暮らしを満喫するのは、シャーリン。それから、完全に力を失ってしまったかつての強敵──スキラトだった。


 人の言語を介する魔獣だが、ペンを握って文字を書くといった事は学んでおらず、鬼教官の指導のもと、必死になって勉強させられていた。不服そうにすると二時間の延長になるので、最低の気分だったが必死に堪えた。


「いいかい、読書感想文ってのはだねえ」


「ええい、やってられるか! なぜ殺さぬのじゃ!」


 圧し折られて床に転がった鉛筆をシャーリンが拾う。


「道具は大事に扱うようにと言ったろ。君の世界ではどうだったか知らないが、こちらではこちらの常識……いや、分かりやすく言い換えてあげよう。こちらではこちらの当たり前(・・・・)というものがあるんだ。それには従ってもらわなくちゃいけない」


 スキラトはあえてトドメを刺されなかった。自身の魔力を完全に封印されてしまい、身体もいくらか縮んだ。もはや魔獣というよりは人間の少女だ。華奢な体で出来る事など限られており、庇護がなければ生きていけない。


 だから人間の常識をシャーリンが叩き込んでいる真っ最中だった。


「そもそも、君を殺さないと選択したのはボクじゃない。勝者であるオフェリアだ。ヴェロニカは、あの場で始末しておくべきだと言ったけどね」


「ではぬしはどうじゃ。殺した事など悟られぬようにも出来たはず。……たとえば、ぬしのように各地を飛び回るのに同行しているとか」


 やれやれ、と肩を竦め、プッと小さく小馬鹿にした。


「ボクが友人の期待を裏切るわけないだろお、お嬢ちゃん」


「誰がお嬢ちゃんか。ぬしの五十倍は生きとるわ」


「ペンを握って常識を学んでるうちは歳を重ねても子供さ」


 ガシガシと頭を撫でながら、けらけら笑う。


「無知から学ぶっていうのは産まれたばかりの赤子と一緒なんだよ。それはたとえば、ボクがまったく参入した事のない分野に関わるときだって同じ事。それに、こちらの世界で文字を学べば、もっと多くの経験や知識を持てる。君が自分の世界に帰ったときの役に立つかもしれないよ。たとえば野菜の育て方とか、損はないと思うけどね」


 ペンを持とうともせず、スキラトは頬杖をついてうんざりしたように鼻を鳴らす。


「馬鹿馬鹿しい。もとより帰る場所など、もはやありはせぬ」


「うん? そりゃあ、つまりどういうことだい?」


「言葉通りの意味よ。あちらの世界などとうに消えておる」


 スキラトが指先で机をこん、と叩くと黒い魔法陣が広がり、泡のように湧き出たアンムト・ストーンが、煌々と輝く。そのひとつを彼女はつまみあげて──。


「儂らの世界は、このつまらん石ころが放つ魔力の大気によって成り立っておる。しかし、これが儂らの強さに直結するのもまた等しく事実である。ゆえに多くはこれを無意識に欲するほどの依存性を見せた。……難儀なものよ、世界が違うだけで生きる糧も生きる術も違う。儂らは、ぬしらが羨ましかったのかもしれぬな」


 喉から手が出そうなほど欲した。理由は分からない。ただ、求めたのだ。大自然だけではない。人々の営みが、魔界にもあれば、と。見つけたのは偶然だった。他の世界がある事だけは分かっていて、異空間の道を繋ぐ事で辿り着いた世界の美しさに魅入られた。自分たちの物にしたかったのだ。


 だが、いきなり来て奪うのでは申し訳ない。魔獣といえども野蛮で本能的な者もいれば、理知的で温厚な者もいる。レシはいくらか荒っぽい思想の持主だったが、スキラトはどちらかといえば後者だった。派遣した仲間が殺されるまでは。


「幾つもの命が消えた。儂らの目的はいつからか、ぬしらのものを奪い取る事に変わった。同胞の復讐と共に。ま、結果的には無惨に負けたがのう」


 折れた鉛筆で、間違った文章にチェックを入れられる。


「……ごめんね。ボクたち人間は臆病で傲慢だ。知らないものを受け入れようとせず、使えるものは使おうとする。その結果が、君たちとの争いを招いたのも事実だ、否定しない。でも、ボクたちの仲間もたくさん死んだ。だから──」


 新しい鉛筆をスキラトに握らせて、頭を優しく撫でた。


「互いに歩み寄ろう。今度は失敗しないようにさ」


「その前に、おやつとやらが食べたいのう」


「ねぇ、君って真面目な話はすぐ飽きるタイプ?」


「昨日食べたほっとけえきとやらは絶品であった」


「さりげなくリクエストまでしてんじゃないよ」


 ばしっと軽く頭を叩いて、仕方なく椅子に垂らしてあったエプロンを身に着けてキッチン向かう。フライパンを片手に、シャーリンは「あっ、でも」とスキラトに向かって「間違ったところを焼けるまでに直す事」と条件を出した。


 そうなると彼女も真面目な顔で、机に広がった紙と睨み合いを始める。ふと、その背中にシャーリンが思い出した事を尋ねた。


「そういえば君が連れていた、ザミエルとサマエル……あの二人は君を随分と恐れていたようだったけど、どうして彼らはあんなに怯えてたんだ? 同胞だなんだと、君はどちらかといえばその、仲間想いに見えたんだけどな」


 スキラトはそれを「あぁ、あのクズ共か」と背もたれに体を預けて──。


「ありゃあ、元々は人間だった(・・・・・)みたいじゃのう」

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