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大英雄はメイド様  作者: 智慧砂猫
第二部

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第32話「上辺だけの素晴らしさ」

 そうして馬車が孤児院の前で停まるまで歓談に時間を忘れ、降りた先に見える門の向こう、邸宅とも言える大きなフェロニア孤児院には、オフェリアも不思議そうに、こんなに大きかっただろうかと首を傾げる。


「大きいね、ここ。そのあたりにある子爵家くらいは……ある?」


「ですねえ。私の知ってた頃とは随分違ってますう」


「他の家門から支援を受けているんだろう。さ、入ろうか」


 敷地には、見覚えのない子供たちがたくさんいた。働いている人たちも、オフェリアがいた頃とは違っている。誰もが楽しそうにしているのを見て、もしかすると自分のときとは様変わりしたのかもしれないと期待が持てた。


「あら、お客様ですか?」


 やや老け顔の女性が寄って来る。銀色の髪に茶色い瞳。オフェリアはジョエルに「彼女がサルビア・グレーです」と耳打ちした。


 記憶に存在する中で、最も陰湿で外面の良い厄介な人間。自分より優位な相手かどうかを選んで接し、気に入らなければ徹底的に虐待でも平気でする。当時いた子供たちも彼女の味方なので、隠蔽は容易だった。


「初めまして、グレーさん。アルメリア伯、ジョエル・ミリガンです」


「まあ……という事は、お手紙を読んでこちらへ?」


「はい。こちらのオフェリアが出身だと聞いて、少し興味が湧いて」


 紹介を受けてオフェリアはニコニコしながら手を振った。


「どうも~。ご無沙汰しております、マザー・グレー」


 不本意だが、何も伝えていないふりをする。馬車の中で事前に話を聞いていたので、ジョエルとしては今すぐにでも掴みかかりたいほどの気持ちだったが、それでは立場を悪くするだけだと他の貴族たちがするように接した。


「大きくなったわねえ、オフェリア。あなたが今や大英雄だなんて……あ、失礼しました。伯爵様、どうぞこちらへ。孤児院の中をご案内いたします」


「ありがとうございます。あの、オフェリアはどんな子だったんですか?」


 サルビアはクスクスと笑いながら、ちらとオフェリアを見る。


「とても荒っぽい性格の子でした。よく他の子たちと喧嘩をしていたのを覚えています。規律も守らない事が多くて、ときどき手が付けられない事もありました。そんな子が孤児院を出たときは不安でいっぱいでしたよ」


 猿芝居が上手いな、とオフェリアは心底から不愉快な気分だったが、表情にはおくびにも出さない。ジョエルの隣で黙ったまま、ニコニコするだけに徹した。


 二人はそのまま応接室へ入ったが、そこには他の子供たちがいる。孤児院では教育の進んでいない幼い子供も多く、まだまだやんちゃ盛りなせいもあるためか、よく他の部屋で勝手に遊ぶので、サルビアは優しく注意して出て行かせた。


「すみません、勝手に入らないよう伝えてはいるんですけど」


「お気になさらず。子供は元気なほうがいいですから」


「さすが伯爵様は寛大で、ありがたいばかりです。お茶を淹れますね」


 しばらく二人を待たせて準備が整ったら、ソファに座ってゆっくり話は始まった。孤児院の経営理念や、子供たちの教育。孤児院を卒業していった子たちが今はどうしているかなどを仔細に語り、あえて自分の事は話さない。サルビアは自分を目立たせず、子供たちの素晴らしさを伝える事で相手の出資に対する意欲を引き出そうとしているのだ。フェロニア孤児院には投資するだけの価値があるぞ、と。


「──つまり、この孤児院では子供たちの輝かしい未来のために養子縁組などの手続きも行っていると。今も卒業した子たちは元気に?」


「はい。アドリアン商会や、メイス子爵家など他にもいくつかの家門などで従者として働く者もいれば、養子としてもらわれた子たちもいます。今でも、ときどきここへ訪ねてきてくれるんですよ。とても良い子たちばかりで、私の自慢の子たちです」


 どれも聞き覚えのある名前だ。アドリアン商会は皇都では勢力の大きい商会で、メイス子爵家も歴史ある由緒正しい家柄として知られている。彼らからの資金援助があれば、孤児院が大きく改築されるのも不自然ではないし、簡単な事だ。


「たしかに素晴らしい孤児院だ、私としても資金援助は惜しみなく行いたい。私の事情もご存知の通り、皇都では『鳥籠の伯爵令嬢』などと呼ばれていた事もあります。なので、子供たちの未来に投資するのは本意とも言えます。ですが、」


 紅茶を飲み、カップをそっと皿に置き、冷ややかな視線を向けた。


「オフェリア・リンデロートには、あまり良い思い出がないようです。本当の事をお話頂いてくれないのであれば、私としては詐欺と断じる他ありませんが」


「あっ、えっ……!? それはどういう……!」


 サルビアが目を白黒させてオフェリアを見た。


 彼女は小指を耳に突っ込んでさも退屈そうにしながら。


「くっだらねえ嘘で塗り固めてんじゃねえですよ、マザー・グレー。あなたから受けた仕打ちを愛だったと受け止めて私がここを出たとでも?」


「そ、それは……あなたの教育のために……!」


 深いため息をつき、オフェリアはだらしなくソファに腰かける。


 ジョエルも真剣な目で「正直に、当時の事をお話頂けますか」と詰め寄る。それだけではまだ嘘を吐くかもしれない、と初めて彼女は愛すべき従者のようにハッタリを仕掛けてみる事にした。


「全て調査済みですよ、グレーさん。ですが私は、あなたの口から真実が聞きたい。誰しもが罪の意識を持ち、抱えて隠しておきたい気持ちはある。しかし過去を悔いているのであれば、正直に願いたい。──私が前向きに検討するためにも」

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