第27話「真実を知るために」
今度こそトドメを。そう思ったときだった。
スキラトの首に小さな紋章が浮かぶ。杖の紋章だ。
「ぬっ……!? こ、これはまさか──!」
突然、全身が脱力して崩れ落ちる。オフェリアの傍に倒れ込んで力なく顔をあげれば、そこにはジョエルが立っていた。震える手で杖を握り締めて。
「ば、馬鹿な……。大人しくしておったかと……思えば……!」
「君が弱るのを待っていた。卑怯だと言うかもしれないけど」
スキラトは立ち上がろうと震える腕で体を支えるが、どうあっても不可能だった。まるで地面に縛り付けられているのではと思うほど身動きが取れない。
「くっ、水を差しおって。……だが、それもそうか。ぬしだけは、いつまでも座して動かなんだ。気付くべきであったのは儂のほうか」
ただ味方の傷を癒すだけしか能のない小娘だと高を括って、相手にしていなかった事は問題だった。小さな過失が命取りになってしまった事を悔いる。
自らを縛り上げる魔法を振り解こうとして、彼女は視界に映った影にハッとした。オフェリアたちは気付いていない。ジョエルの背後に立つ男の姿が、スキラトに数瞬だけ見えていた。灰青の髪を揺らす、ローブを着た男の姿が。
「────ああ、そうかよ。五人目には気付かなんだわ」
ごろんと仰向けに転がり、手足を大きく広げる。やれやれと息を吐き、目を瞑って月夜の下で静かに寝息を立て始める。トドメなどいつでも刺せと言わんばかりに。
「よ、よく眠れましたねえ……」
「大胆だなあ。にしても、五人目って?」
「……さあ。勘違いじゃないですか」
とにもかくにも戦いは終わった。見事と言うには程遠いが、勝利を収め、今は静かに風が吹くだけ。脱力して、オフェリアはその場に座り込んだ。
「はあ~っ。疲れましたあ……。あの、二人はどうです?」
「安定してるよ。どっちも酷い怪我だったけど、大丈夫」
「それは良かったですう、ホッとしましたよお」
犠牲が出なかった。それだけでよくやったと自分を褒めた。
「ところでスキラトはどうなったんです、これって封印魔法ですよねえ」
「ああ。彼女が弱ったところで、力の源になる魔力の流れを封じたんだ」
スキラトは無尽蔵に近い魔力が体内で繰り返し生成される。それを封じなければ、時間と共に彼女が再び万全の態勢を整えてしまう。
しかし弱っていなければ封印魔法を使ったところで弾かれて終わりだ。オフェリアとの死闘で完全に弱り切る、その瞬間を待ち続けた。
その考え方に、オフェリアは友人の面影をみる。
「さすがですねえ、お嬢様」
「ありがとう。ところで、彼女はどうするんだい?」
スキラトは封印魔法で余力を奪われて意識がないだけだ。目が覚めれば、首だけになっても噛みついてきそうではある。これ以上は自分も力を使えないだろう、と脱力の雰囲気でなんとなく察しながら、少しだけ悩む。
「……気になる事もあるんですよね」
まるで人間のほうが野蛮だったと言いたげな主張。同胞を先に殺したと言われて、真実が気になった。オフェリアたちも、最初から紋章の力を持っていたわけではない。最初の魔獣が現れてから、その才覚に目覚めるまでには時間があった。
だから知らない事もある。ただ漠然と、自分たちの世界を壊されまいと戦っていただけだ。それが正しいと信じて疑わなかったから。
「とりあえずスキラトは多分、安全でしょう。私も余力は殆ど残っていませんが、今の限界まで弱っている彼女なら、その生殺与奪はお嬢様にあります」
「わかった。じゃあ君はこれから……」
すくっと立ち上がって、スカートの土を手で払う。
「皇都へ戻ります。そう易々と話してくれるとは思えませんが、真実を確かめなければなりません。八年前の今日から戦争が起きるまでの三年、何があったのか」
からから、とクレーターの上から石ころが落ちてくる。二人が振り向くと、目を覚ましたヴェロニカが「だったらアタシが連れてってやろうか」と青白い顔で言った。
彼女の手には既に紋章がなく、消えたままだ。
「大丈夫なんですか? 死人みたいな顔色してますけど」
「おう、軽い軽い。起きたばっかりだからよ。それに……」
ひょいっと跳ねた彼女は空高くから、軽やかに二人の傍へ着地する。
「あのクソ野郎の実験のせいで魔獣と混ざっちまったからかな? 完全に治ったと思ってたんだが、どうもその名残があるみてえでよ。身体が軽いんだわ」
そこだけは感謝だなと笑いながら、オフェリアをお姫様抱っこする。
「ちょっ、恥ずかしいんでやめてくれません!? もっと、こう、背中に背負うとかあるでしょう、なんでシャーリンもあなたもそうなんですか!」
「まあまあ良いじゃねえか。アタシらにとっちゃ姫みたいなもんだ!」
バシバシ叩かれても気にする素振りもなく、ヴェロニカは可笑しそうにしながら「じゃあ、ジョエル。スキラトとシャーリンは頼んでもいいよな?」と念押しする。もちろん、返事など決まった答え以外は聞く耳を持つつもりはなかったが。
「ああ。ここは私に任せてほしい」
「いい返事だ。じゃあ、またあとでな!」




