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大英雄はメイド様  作者: 智慧砂猫
第二部
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第25話「覚醒」

 振り下ろした剣がぴたりと止まった。首筋に触れるか触れないかの距離。だが、それはジョエルの首ではない。彼女を押し退けて立ちはだかったオフェリアのものだ。ほんの一瞬早く目覚めたおかげで庇うことが出来た。


「……ほお」


 狼のようにぎらつく瞳。強い敵意にスキラトは剣を引きあげる。


「良い目つきをしておる。それに治癒に時間をかけた分、元気そうじゃ。良かろう、遊んでやっても構わんぞ? ほれ、一発叩き込んでみよ」


 ニヤニヤしながら自分の頬を指でとんとん叩く。


「……いいんですね、一発叩き込んでも」


「ハッ。弱者が格の違いを理解するには都合が──」


 拳が眼前に飛んでくる。スキラトは思わず両手で受け止めた。だが、威力は想定外。全身を貫く衝撃波が背後の砂地を吹き飛ばし、異空間を震動させ、歪ませた。とても立っていられず、突風に舞い上げられるかの如く彼女の身体が浮き上がり、遅れて吹っ飛んだ。宙で体勢を整えて着地するも、瞳には驚がくが見て取れる。


「なんと、この儂を殴り飛ばしおった……!」


 あり得ない。信じられない。いくら強かろうともたかが人間。捕食対象でしかなかった相手。雷撃で簡単に気絶するような者の拳をぎりぎりで捉え、防いだものの両手が痺れる。空間さえ歪ませた一撃に動揺が隠せない。


「一発叩き込んでもいいんじゃなかったんですか?」


「貴様ァ……よくも儂に大きな態度を取れたものじゃのう……!」


 怒りで拳を握り締める。目の前にいるたった一人の人間の拳に、僅かでも危険を感じてしまった自分の情けなさに腹を立てた。


「今まで実力を隠しておったのか」


「まさか。私自身も驚いてますよう」


 目を合わせたとき、スキラトは目を丸くする。彼女の片目に浮かび上がる両手剣の紋章に気付く。青白く輝く瞳が、ひとりの騎士を思い起こさせた。即座に視線は手に移る。片手には盾、一方には斧の紋章。何が起きたのか、事態を理解した。


「……ハ。失われたのではなく、集約されたという事か」


「そのようです。何がなんでも、貴女を倒さなくてはならないみたいで」


 オフェリアの姿が一瞬だけ消えた。だが、勝負を挑んだわけではない。彼女の背後には、完全に意識のないヴェロニカとシャーリンが寝かされている。


「お嬢様、どうか二人をよろしくお願いします。このまま放っておけば、確実に死んでしまうから、誰かが癒してあげなくては」


「……君に任せてもいいんだな?」


 静かに頷いて答え、ニコッと微笑む。


「我が主の命とあらば、たとえ命に代えましても。──ここから先、指一本でさえ、あの者が触れる事は叶わないでしょう。約束いたします」


 その言葉を聞いたスキラトが目を剥いて怒った。ガリゴリと歯を軋ませ、周囲の砂が殺気だけで震動して舞い上がるほど。


「ほざきおって、人間風情が! なれば遂げてみせよ、その命を以て!」


 両手を高く掲げ、振り下ろした。瞬く間に渦を巻いた暗雲から再び黒い稲妻の大槍が姿を現す。


「受けてみよ、もはや異空間など関係ない! 人間共がどうなろうと、少数でも生き残っておれば十分!──消し飛ぶがいい、《雷鳴降突(アサルト・ママラガン)》!」


 遠慮なく高速で大槍は砂の大地を衝く。空間がひび割れ、再び稲妻が駆け巡って砂嵐を巻き起こした。勝ち誇ったスキラトだったが、その表情もあっという間に崩れ去る。オフェリアは立っていて、その後ろにいる三人もまったく影響を受けていなかった。有言実行してみせたのだ。


「……良かろう、小手調べ程度の技では通らぬらしい」


 空に伸ばした手。オフェリアの近くにあったヴリトラが震え、音速のもと彼女の手の中へ舞い戻った。両手で握り締め、高く天へ切っ先を持ち上げる。剣が黒い稲妻を纏わせ、さらに空間の崩壊が進んでいく。


「受けてみよ、大英雄! 我が一撃を!──《断裂の剣ティアダウン・ヴリトラ》!」


 強烈な稲妻の斬撃が大地を割った。異空間が悲鳴をあげ、ガラス片のように空から崩れる。まっすぐ突き貫けてくる斬撃の波に向かって、オフェリアは真正面から迎え撃つ。拳に嵌めたナックルダスターが蒼い炎を纏った。


「負けるもんですか、こんなところで──止まれないッ!」


 振りかぶった拳とぶつかり合った稲妻が炸裂して大爆発を起こす。異空間が掻き消され、草原には大きなクレーターが生み出された。だが、その破壊力もジョエルたちには届いていない。ぜえぜえと息を切らしながら、オフェリアは確かに立っていた。受け止めたのだ。傷だらけでも、まさしく大英雄の姿として、そこにあった。


「儂の本気すら……耐え抜いたのかッ……!」


 ヴリトラが先端から崩れて消える。完全に息の根を止めるつもりで放った一撃は、剣を消滅させ、スキラト自身も、その余力を殆ど残さなかった。それでもまだオフェリアは立っている。二本の足で立派に立ち、息を荒くさせながらも瞳から闘志は失われていない。まだ戦えるぞ、と眼力だけで告げていた。


「やれやれ、ここまで往生際が悪いとはのう」


「お互い様でしょうよ。いい加減、諦めたらどうです?」


「ぬかせ、小娘。ここまで来て引き下がれるものかよ」


 クレーターの真ん中で二人は睨み合う。どちらも笑みを浮かべて。


「では決着でもつけるとするか、小娘。いや、オフェリアよ!」


「スキラト。あなたにだけは負けるつもりはありませんので!」

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