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大英雄はメイド様  作者: 智慧砂猫
第二部
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第22話「魔獣の王」

 シャーリンがナイフをひゅんと振って突きつけた。


「分かってるのかい。ボクたちは四人、君は一人だ。いくらこちら側が消耗しているとは言っても、数的不利を覆せるのかな。やめておくのが無難だと思うけど」


 今の状況を把握する限り、ヴェロニカが最もダメージを受けている。ザミエルは想像よりもずっと素早い動きと破壊力を持った、彼女でなければ勝てたかどうかも怪しい相手だ。そのうえシャーリンは自らもレシの雷撃を受けて、口にはしていないものの、微かに違和感程度の痺れがまだ残っている。


 まともに戦えるのは、オフェリアとジョエルの二人くらいだった。


「無難、のう。そんなものを選ぶために儂がここにいるとでも」


 ハッタリを掛けても、まやかしの言葉を並べても、スキラトには通じない。雷撃を受けたわけでもないのに全身が痺れる強烈な威圧感。普通の人間ならば、その殺気だけで気絶は必至だ。その場にいた四人が、表情を凍り付かせた。


「……バケモンがよ。殺気だけでこれじゃあ格が違いすぎる」


「言っても仕方ない。ここまで来たら戦うだけだろ」


 シャーリンがナイフを構え、軽くステップを踏む。奇襲は得意だ、隙を作れる。ヴェロニカも、それに合わせるつもりで戦斧をしっかり握った。


「そうですねえ……。正直、ここまで勝てる気がしないのは初めてですが、私たちでやれるだけやるしかない。大英雄なんて呼び名まで貰ってますしぃ?」


 ぽん、とジョエルの肩を叩いて、オフェリアは小さく「じゃ、援護頼みますね」と優しく微笑む。今回ばかりは、誰が死んでもおかしくないと思った。既にセレスタンという大きな犠牲を払っているが、そのうえで、まだ。


「カッカッカ! こりゃあ楽しみじゃのう。しかし、ぬしらにそんな余裕があると本気で思うておるのか?──まずは小手調べからじゃろうて」


 高く空を指差す。レシが呼び寄せたものより遥かに大きな暗雲が渦を巻き、その中心部が花のように開く。ゴロゴロと雷鳴を轟かせ、砂漠を震わせる。


 見あげたシャーリンが、ぽつりと声を漏らした。


「……そんな、馬鹿な……」


 黒い稲妻そのものが槍のように、遥か上空から降って来る。より絶望を味わわせるため、最初はゆっくり、そして徐々に早く。


「ぬしらには正しく名乗っておいてやろう。我が名はスキラト。魔の犇めく地獄を統べる、獣の王なり。──手始めに受け取るがよい、《雷鳴降突(アサルト・ママラガン)》」 


 大地を貫く巨大な黒い稲妻の槍が、ただ進むだけで衝撃を伴う。立っているだけでも圧し潰されそうな感覚に、膝をつかされた。


「く……! なんなんですかこれえ、立てない……!」


「ボクもまったく動けん!」


「私もだ、これはどうすればいいッ……!?」


 狼狽える中、一人だけが天を見あげている。戦斧を両手に握って深く構え、蒼い炎を大きく纏わせながら、すう、と深く息を吸い込んで。


「迎え撃つしかねえよ、アタシがちょっとでも衝撃を緩めてやる。その間に覚悟決めろ、コイツを乗り越えなきゃあ、奴には指一本すら触れられねえ!」


 蒼炎のひと振りが天より貫かんとする槍を正面から迎え撃つ。単純だが最も効果的にして最善。その威力を弱めようと血管が切れそうになるほど踏ん張って、ぶつける。力比べとは程遠い。彼女の蒼炎は、ほんの二秒ほどを止めるに留まって粉砕された。だが、それで十分な時間稼ぎになった。


 最初に立ちあがれたのはジョエルだ。杖を支えに、祈りを込めた。


「──セレスタンさん、あなたの魔法をお借りします!」


 紅玉の宝石が強く光り輝き、分厚い何層もの結界が天蓋となって彼女たちを守る盾となった。穂先が触れ、砂漠の砂が空を目指す勢いで跳ねあがる。


 吐き気がした。天蓋の内部は衝撃を通さなかったが、結界を砕こうとする稲妻の槍の威力に全身が震え、膝をつきながら必死に魔力を杖に注ぎ込む。セレスタンが創った神木の杖は魔力の消耗を減らしてくれる効果があったし、紋章の能力でさらに軽減される。魔力の回復も常人のそれではない。


 しかし、槍を受け止めるにはまだ足りりない。いや、もはやその次元であったかどうかでさえ怪しい。最初の層に罅が入った瞬間の事だった──。


「実に涙ぐましい努力だのう。しかし……ほれ、どうじゃ?」


 小さくあげた手を、くいっと振り下ろす。無慈悲に天蓋はすべての層を瞬く間に砕かれ、結界は崩落する。ステンドグラスが割られたかのように散り散りになり、容赦なく稲妻の槍は四人を襲った。


「だめっ……これは……!──お嬢様ッ!」


 黒い稲光が異空間の砂漠をどこまでも駆け抜ける。空間に一瞬罅が入り、砕けそうになったのをすかさずスキラトは指先でなぞるような動きで修復していく。


「少々加減に失敗したかのう? まともな戦いは千年ぶりゆえ」


 クックッと笑いながら、もはや肉片のひとつも残ってはいるまい、そう思って静観する。──だが、彼女たちは生きていた。少なくとも、今はまだ。


「ほお。よもや儂の一撃を受けて耐える者らがおるとはのう」


 すっかり動かず倒れているが、息はまだある。トドメを刺さずとも勝敗は決したようなものだ。都合の良い道具としてはいかに加えるのも悪くない。あるいはときおりの暇潰しに使う肉袋でもいい。


「うむ、気に入った。全員連れ帰って────」


 ガツンと首に戦斧が食い込み、その半分までが刺さった。


「ば、か、言うんじゃねえ……! まだ終わってねえだろうが……!」


 首からどろりと血を流しながら、痛みを感じていないどころか舌なめずりまでして嬉しそうに目を細めて、スキラトは目の前でまだ余力を残す獲物を前に──。


「ハッ。立たねば死なずに済んだものを」

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