第6話「因果応報」
憲兵隊の介入はアマンダたちにとっては非常に都合が悪い。彼女たちがオフェリアにどんな扱いをしているかを何も知らないロイナが「うーん、そのほうがいいかもしれないわね」と立ち入りを許可する流れになると、アマンダたちは何人か慌てて傍に寄った。
「奥様、お待ちください。あまり大事にしては旦那様が困ってしまいます。憲兵隊を呼ばずとも、こうして証拠がここにあるのですから、間違いなくオフェリアがやったことなのです。私たちが間違ったことなんてありません!」
必死になる姿があまりに滑稽だ、とオフェリアがつい笑った。
「な、なにがおかしいのよ、この期に及んで──」
「それはこちらの台詞ですのでえ。さっき言ったでしょう?」
もうわざわざ彼女たちを気遣う必要もない。ここまで来たら、あとは詰めていくだけのこと。もう逃げ道など、どこにもないのだ。
「奥様は事態の解決を優先的に考えておられますし、何もメイドの管理は旦那様だけがする仕事ではないですよ。もしこれで冤罪だったら、あなたたちの言葉を簡単に鵜呑みにしたと旦那様のお叱りを受けるのは奥様なんですから」
視線は傍にいたベルモアに流れた。
「その言葉には責任を持っていただかなくては~。誰の前でそんな告発をしているか分かっておられないでしょうから教えて差し上げますと、こちらにおられるベルモア嬢は憲兵隊に所属されているので、残念でしたねえ」
誰もが「えっ?」と目を丸くした。動揺は瞬く間に広がっていく。信じられないという表情のアマンダたちに対して、ベルモアはこの瞬間を待ちわびていた、と懐から一枚の硬貨を取り出す。憲兵たちが持つ身分証であり、名前が刻まれた金貨は、憲兵隊の象徴とも言える盾がデザインされた、少し大きめの硬貨だ。
「いまさら身分を隠す理由もないな。カミヤ・ブラウン憲兵隊所属のベルモア・サントリナだ。わけあって諸君らの悪事を暴くため、特別な許可を受けて潜入させてもらった。当然のことながら、その理由は理解できているだろう」
彼女たちが青ざめていくのをオフェリアは内心で楽しんだ。待ちわびていた瞬間、自分たちが罠にはめようとしていたはずが、逆に仕掛けられていたと気付く瞬間。蜘蛛が蜘蛛に食われるような光景。笑うな、と腹に力を入れた。
「ちょ、ちょっと待ってくださる? 状況が理解できないのだけれど」
「失礼を致しました、アルメリア伯爵夫人。実は……」
事情を聴いたロイナは顔を青くして額に手を当てた。これまで伯爵家に嫁いできてから仲良くなったメイドたちが何人も辞めていくので、どうしたものかと頭を悩ませていた理由がようやく分かったのだ。胃が締め付けられた気分だった。
「アマンダ、正直に答えなさい。この方の仰ってる話は正しいの?」
「そ、それは……その、奥様、違うんです、だって──」
「だっても何もないでしょう! 何も違わないじゃない!」
伯爵夫人は大人しく、気の優しい女性だ。メイドたちにとって、これほど扱いやすい者がいるだろうかと思うほどで、そんな彼女が初めて怒鳴る姿には、皆が口を噤んだ。彼女たちの仕打ちに本気で怒っていた。
「今すぐ荷物をまとめて出ていきなさい、アマンダ。自分がこれまで何をしてきたのか、おおいに反省をすることね。ただ追い出すだけに済ませてあげるのだから」
「は、はい……分かりました。申し訳、ありませんでした」
いきなり全員をクビにはできない。一人でも見せしめがでれば、他のメイドたちも大人しくなるだろうとロイナはオフェリアに深く頭を下げて「あなたにはとても不快な思いをさせてしまったわね」と謝罪した。
「気にしなくていいんですよお、これからはなくなるわけですし。……ああ、でも、次は許しませんので、そのおつもりで」
彼女の細めた目が、メイドたちの背筋を凍り付かせる。これまでは誰一人として反抗の意思もなく辞めていったが、オフェリア・リンデロートは鋼鉄よりも頑丈な精神を持つ。些細な嫌がらせ程度では怯みすらしない。
今後、これで少しは動きやすくなるだろうと納得して終わった。
「では、今回の件についてはアマンダ嬢から改めて色々伺い、今後の方針を決めますので、皆様もそのおつもりで。オフェリア様、承った依頼は済みましたから、私もこれで伯爵邸を出ようと思います。お疲れさまでした」
「いえいえ、大変助かりましたよお。ありがとうございますう」
一連のオフェリアに対する嫌がらせを認めたメイドたちは、それからオフェリアに話しかけることはなかったが、手を出すこともしなかった。その日は普段より快適に過ごし、午後になって別館の仕事に戻ることができた。
ロイナからは『伯爵様にも今回の件は伝えておくから』と言われ、あとでまたややこしい話になるかもしれいな、とは思ったが。
(ふふっ、まあなんにしても、これで別館への被害はなくなるでしょうし、お嬢様も不愉快な思いをすることは減るはず。もう、私ってばやっぱり頭良いですねえ)
満足げに鼻歌を歌いながら仕事をしていたが、急にぴたりと止む。
「あれ。そういえば奥様って、別館にお嬢様がいるのを知らなさそうだったなあ……ま、いっか!」