第20話「さっさと死んでくれたまえ」
「……おいおい、やるじゃあねェか。別格だな、あの狼とは」
背後に立つザミエルは、その骨ばった体躯で影をつくり、ヴェロニカを鉄仮面越しに見下ろす。うっすら、その縫われた目が開かれた。
「Urrr……」
ぽろりと涙がこぼれ、鉄仮面の内側を伝って頬を流れた。美しい黄金の双眸が、悲し気に彼女を見つめている。それはまるで、祈りか願いを示すように。
「そうか。てめえは怖いんだな、あれが」
伝わってくる。サマエルとザミエルは、どちらも何かしらの恐怖心をスキラトに抱いている。それが何なのかは彼女には分からない。ただ理解できるのは、ザミエルに戦う意志など本来は持ち得なかっただろう、という事だ。
「分かったよ。少なくとも死ぬのは怖くねえらしい。だったら、せめてアタシが殺してやるよ。もう怯えなくてもいい。ただひとつ、てめえに条件を出すとしたら、そうさなあ……。全力で戦ってくれ、そのほうがあと腐れなく殺してやれる」
ザミエルの姿が再び視界から消えた。今度は空に高く跳びあがって、最初に放ったものと同じ威力を持つ矢を番え、ヴェロニカを狙う。
「いいぜ、いいぜえ。滾ってきやがったよ!」
胸から溢れる血など気にも留めない。痛みなど感じない。ヴェロニカは圧倒的な破壊力で敵を粉砕するだけでなく、高い治癒力がある。一撃で半身でも消し飛ばない限りは、そう簡単に死んだり、動きを止めたりしない。
「さあ来い、ザミエル!」
蒼い炎が戦斧を包み、振り上げようと腰を下ろす。
「てめえの全力の一撃ごとぶっ壊す! アタシの策はそれだけだ!」
隠れる場所があれば消し飛ばせばいい。そうでなければ正面から圧砕する。狂戦士と呼ぶに、なんの違和感も抱かない。力比べこそが、ヴェロニカ・エッケザックスという人間の真骨頂なのだから。
風を引き裂く矢の一撃。オフェリアたちが緊張して見守る中、ヴェロニカは堂々と斧を振り上げて、正面から迎え撃つ。
「消し飛びやがれえええええええっ!!」
蒼い炎は振り上げられると柱となって天を衝く。飛来した矢をも瞬く間に焼き尽くし、太陽を背にして高く宙に留まるザミエルに届いた。
焼かれた哀れな魔獣は、その身を焦がしながら大地へ落ちてゆく。強弓がぼろっ、と灰になって崩れ、叩きつけられる頃には鉄仮面もなくなっていた。
破壊という一点において、ザミエルを遥かに上回るヴェロニカの一撃には、スキラトもぱちぱちと手を叩いて頻りに頷く。
「カッカッカ! こりゃあ負けても仕方ないわいのう!」
「ちょっと、スキラト。んな事言ってる場合なの?」
レシの表情に焦りが見える。サマエルとザミエルは、スキラトから力を与えられた魔獣の中でも群を抜く強さだったはずだ。なのに、今眼前では、そのどちらもが真正面から挑んで打ち破られてしまった。
「ふん、臆病者よのう。興醒めな事を言うでないわ」
そう言いながら、スキラトは何かを齧っている。ヴェロニカがそれを見たとき、ぎょっとした。彼女が喰っているのはザミエルの腕だ。
「てめえ、いつの間に……!」
「儂が何も気付かず、見てるだけと思うたか?」
指を食い千切り、ガリゴリと骨ごとかみ砕く。
「敗者とて使い道がある。この二匹は儂にとっての非常食とも言えよう。今にも踏み潰されそうな虫けらに、少しでも生き永らえる道をくれてやったと言うのに、この有様とは。恥さらしもいいところであろう。……のう、レシよ」
レシが槍を持って前に出る。ヴェロニカは黙って戦闘を継続せずに下がり、シャーリンとハイタッチをかわす。「負けんなよ」と言われて「もちろんだとも」と気楽に返しながら、鞘の嵌ったまま、両手剣をしっかり握りしめた。
「あんたがアタシの相手? 男なの、女なの?」
「女だよ。生物学的に言えば、ではあるが」
「あっそ、じゃあ興味ないわね。アタシは男が好きだから」
「それは残念。ボクはどちらでもイケるというのに」
やれやれフラれてしまったと肩を竦める。
けらけら笑って、レシは槍の先で彼女を差して──。
「安心しなさい。男は好きだけど、女も好きよ。殺すの限定でね!」
「おや、そうなんだ。だったら嬉しいな、僕も遠慮なく戦えるよ」
一瞬だけ強い風が吹く。振りぬかれた両手剣がレシの腕を瞬きするより速く吹き飛ばす。躊躇など無く、騎士道精神などといった高貴なものも持ち合わない。勝利がなければ全てが無意味。シャーリン・ヴァイオレットの戦場における死生観だ。
「なっ……あんた、なんのつもりで──!」
「おっと。悪い、手癖でつい斬ってしまった」
構えを解いたシャーリンが口もとに手を当てて、くすっと笑う。
「あまりに君が弱いもので、手加減すら忘れていたよ」
もう一方の腕も、自慢の前足も片側が斬り落とされている。オフェリアのような絶対防御も、ヴェロニカのような全てを破壊する力もない。だが彼女には、その代わりに速さがあった。こと武器の扱いに関しては、他の仲間をも遥かに凌ぐ技術があった。
「悪いが君如きに時間をかけるつもりはない。さっさと死んでくれたまえ」




