第18話「防御こそが攻撃手段」
決戦の大舞台。まさしく最強の怪物、スキラトが創造した異空間。誰の邪魔もなく、不必要に周囲を破壊しない。ただし、それはあくまで異空間が破壊されなかった場合の話。相手は大英雄なれば、万が一にも力の衝突で外部へ影響が出る事も考えられた。だから、草原のど真ん中で異空間は展開された。スキラトも資源は惜しいのだ。
「さあて、せっかくじゃ。総力戦も悪くないが、儂は戦うのを眺めるのが好きでのう。団体戦とやらはどうか。誰からでも良いぞ、儂からはそうさのう。……サマエル、ぬしがやれ」
ローブを纏った最後の敵の素顔があらわになる。銀灰色の髪。浅黒い肌。浮浪者のような外見だが、身体つきはがっしりとした体格の大男だ。
「わーお、パワフルですねえ……。私があれとやるんですか?」
「ああいうぶん殴ってきそうなタイプは君に向いてるだろ」
シャーリンが無遠慮に言うので、ぷうっと頬を膨らませた。
「私がマゾヒストみたいな言い方。でもまあ、たしかに防御能力を考えれば、私が適任かもしれませんねえ。それならやるだけやってみましょ!」
オフェリアがサマエルと呼ばれた大男に向かい合う。
(気持ちの悪い……。体表がうっすら鱗で覆われてる?)
縦長の吸い込むような瞳孔が、獲物をはっきり捉えた。
「……人間はいいなァ、いつ見ても美味そうだァ」
ゴキッ、と指の関節が大きな音を立てる。手には強く血管が浮かぶ。
「なのにガルムが殺された。お前ら人間如きに、俺の友達が」
「私の友達も殺しておいてよく言いますねえ。頭空っぽなんですか?」
売り言葉に買い言葉で返す。ぎょろっと見開かれた目が怒りを露わにして、その大きな腕をオフェリアに振りかぶった。拳が打ち合い、砂塵が舞いあがる。
「いやあ、中々やりますねえ、あなた」
「お前も。人間如きと言ったのは謝ろう、中々強い」
激しい打ち合いが続く。殴り、受け流し、躱して、隙を突く。互いに一進一退を繰り返す攻防戦。だが、徐々にオフェリアの呼吸が整い始める。最初こそ汗も流したが、今はすっかり引いて、冷静に、しかし豪快に正面から挑んだ。
「どうしました、さっきから息が上がってますが」
「……ッ、俺が打ち負ける……なぜ……!?」
「パワーだけじゃどうにもならない事ってあるんですよッ!」
一気呵成に畳みかける勢いの乱打によって、サマエルの硬い表皮に罅が入り、後退った。絶対防御こそ絶対的な攻撃手段。ひたすらに頑丈なオフェリア・リンデロートの前に、彼はひどく混乱させられた。今まで殴って壊せなかったものはない。同族であろうと、なんであろうと打ち砕いてきた。──たったひとりを除いては。
「くあ~っ……下らんのう。サマエル、儂は退屈じゃ」
そう言われては仕方がない。ぞくりとする背中への視線に、彼はぎりっと歯を鳴らして、砂の中に腕を突っ込んだ。
「スキラトの前で恥は掻けない。ここからは本気でやる!」
「最初から本気でやってくださいよお。ま、楽だったからいいですけど」
足下がぐらつく。何か仕掛けてくると分かっていても、既に自身の能力を最大限まで引き出したオフェリアは余裕をもって構える。何が起きても、時分には傷ひとつ付けられない。そう思っていたのもつかの間、彼女は咄嗟に危険を察知して飛びのく。
砂の中から大口を開けて現れた巨大な蛇。じっとしていれば、危うく丸呑みにされるところだった。流石に呑み込まれては頑丈なオフェリアとはいえ脱出は難しく、そのうち窒息でもさせられたに違いないと背筋がひやりとする。
「あっぶな~。なんですか、そ──うわあっ!?」
一匹ではない。宙に浮いた彼女を喰らおうと、さらにもう一匹が現れた。咄嗟に大蛇の口から伸びる牙を蹴って跳ね、着地する。見ればサマエルは両腕を地面に突っ込んでいて、彼が操っているのだと分かった。
(腕が蛇になってる? それとも、どこかから蛇を呼び出して操ってる?)
いずれにせよ、砂漠の中を動かれては捉えきれない。掻い潜ってサマエルのところへ行こうとするも、巨体が阻んでくる。いつかの地下室での戦いを彷彿とさせる状況に、友人の変わり果てた姿を思い出す。
「ほんっと、嫌な気分……!」
拳を握り締めて、唇の端を軽く噛んだ。
「こらーっ、卑怯ですよう! 自分だけ安全な場所で戦うなんてえ!」
「戦いに卑怯も何も、ない。俺の出来る事、するだけだ!」
二匹の蛇は天にも届きそうな大きさだが、その巨体からは想像も出来ない細やかで豪快な速さある攻撃を交互に仕掛ける。本体であるサマエルを守る分厚い肉の壁を前に、成す術なく防戦を強いられ始めた。
「おいおい、ありゃあ、アタシのほうが良かったんじゃねえか」
「さあ。でも大丈夫だと思うよ、よほどの事がない限りは」
戦いを眺める中、シャーリンは気付く。オフェリアは勝機を失っていない。うっすらと笑みを浮かべ、確実に突破口を見つけている。
「さあて、ではそろそろ私も本気と行きましょうかあ!」
蛇の攻撃を躱し、いったん距離を置く。相手が様子を見て構えたところで、オフェリアは高く掲げた拳で砂を強く殴りつけて、爆発もかくやの衝撃で砂塵を起こし、疑似的な砂嵐を発生させて視界を遮り、完全に姿が見えなくなった。
「ぬっ……!? どこへ行った、あの人間……!」
地表の僅かな重みや、移動するときの砂の微細な動きひとつでもサマエルは捉える事が出来る。砂の中を蠢く蛇は、そもそもが彼が腕を用いて操る砂の化身だ。しかし、密接でない砂塵の中を感覚ひとつで敵を見つけるのは至難だった。
「こっちですよお。見つけられませんか?」
背後からの声に振り返った瞬間──鋼鉄が鱗ごと顎を砕いた。
 




