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大英雄はメイド様  作者: 智慧砂猫
第二部
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第14話「また、いずれ」

 意図はすぐに分かった。ヴェロニカは斧を地面に転がして、「よし、サンドバッグになれ」とオフェリアを殴り始める。仲間割れでも起きたのかと思うような光景にジョエルも息を呑んだが、決してそうではない。それが最善だったのだ。


「十分だな、オフェリア?」


「はい、ばっちりですう」


 ペッと血を吐いて鼻血を指で拭う。彼女の手の紋章がきらりと輝いた。


「あとは私に任せてくださいねえ、ヴェロニカ」


「おう。じゃあ、ちょっくらアタシは休ませてもらうとするか」


 矢が飛んできた。オフェリアの首に狙いを澄ませていたが、彼女の身体を貫く事はなかった。直撃したにも関わらず、矢が通らない。まるで分厚い鋼鉄の壁にでも阻まれたかのように弾かれて、地面に転がった。


「さて、あとは鬼ごっこをするだけですねえ」


「だな。ジョエルの事は任せとけ、アタシが傍にいてやるよ」


「は~い、お願いしますう。ここからは私の独壇場ですから」


 まさに歩く要塞。難攻不落と化したオフェリアには、爆弾矢ですら生ぬるい。その能力は肉体だけでなく、身に着けるものすべてに現れた。射っても射っても、彼女は怯む様子を見せず、広々と見通しの良くなった中庭の隠れられそうな場所を次々に駆けていく。気配を消そうとも、そこにいた痕跡は消せないからだ。


 植え込みや、倒れた木。壁に張り付いて息を殺している可能性も含めて、全力で駆け抜けた。やがて逃げるように矢が撃たれ始めれば、その位置を特定するのはたやすい。そのうえ逃げる場所も限られてくる。


「見ぃつけた。逃げられませんよお」


 一瞬、土を踏んで足を止め、すうっと息を吸い込んだ。


「これで終わりです。……一点集中!」


 強く蹴って跳ねた神速が、闇夜を逃げ回る鉄仮面の怪物を捉えた。逃走先へ先回りして振りかぶった拳が、正確にこめかみを打って地面に叩きつけた。


 分厚い仮面が割れ、糸で縫われた両目が露わになり、どろりと血を流して動かなくなる。薄気味の悪い怪物が完全に沈黙すると、オフェリアはふうっと汗を拭う。普通の人間でも殴ったような感触に、嫌な気分になった。


「おお、ザミエル。ぬしが負けようとはのう」


 まったく存在を感じなかった。声がして、初めて眼前に立っているのに気付く。ザミエルと呼ばれた怪物の亡骸を足下に見て、スキラトがくすくす笑う。


「しかしまあ、この程度か。大英雄とやらも」


「……あなたも戦いに来た、という認識でいいんですか?」


「む。残念ながら、ぬしらと戦うのは儂ではないゆえ」


 倒れているザミエルを、スキラトは軽く蹴った。


「役立たずが。儂の権能を使っておいて、その様か」


 声に呼応してか、沈黙して動かなくなっていたザミエルの六本の腕が動き出す。ぞっとした。鉄仮面を失った怪物は、目から血の涙を流して口から矢をずるりと吐き出して、地面に突き立てて爆発させた。砂塵が舞い上がり、咄嗟に距離を取ったオフェリアの背後から、ザミエルは弓を構える。


「な……さっきより速い……!」


 射られた矢は、オフェリアの脇腹を掠めた。服を引き裂き、皮膚を傷付ける。さきほどまで弾けたはずの矢が、彼女に通じたのだ。


「……馬鹿な。さっきとは威力が違う、っていうか──」


 口端がぴくぴくと引きつった。ハッと乾いた笑い声が出る。


「あなた、立てたんですねえ……」


 ザミエルの細長い身体が、ぬうっと月明かりを背に立った。強弓を強く握りしめ、見目には想像もできない恐ろしい腕力をもって弓を引き、ギリギリと歯を鳴らしながら狙いを定める。当てられてたまるかとオフェリアは駆けだしたが、ザミエルの狙撃能力は異常なほど高く、ぴったり狙いをつけたまま、素早い彼女を正確に捉えた。


(引き剥がせない。……アレが本来の弓兵の実力? それとも、スキラトが来てから彼に何かをした? いや、今はそれよりも避けないと!)


 蒼い炎が月夜の下を駆けた。狙いをつけていたザミエルが咄嗟に退くが、僅かに遅い。腕の一本が宙を舞い、蒼い炎によって焼き尽くされ灰になる。


「大丈夫か、オフェリア! そろそろ元気に戦えるぜ!」


「ありがとうございますう。ところでお嬢様は!?」


「元気いっぱいになってるよ。頼もしい援軍がそこにいらあ」


 ジョエルの傍でシャーリンがニコニコと手を振っている。予定していた訓練の時間を大幅に過ぎていたので、気になって様子を見に来たところ戦闘中に出くわす形となり、状況を見極めるためにヴェロニカと交代して観戦を決め込んだ。


「ってことはあ、あのザミエルっていう弓兵を倒すなら……」

「二人の力を合わせたほうが早いってこった!」


 ようやく本番。二人いれば確実に倒せるといった状況。


 それを許すはずのない者がいる。


「もうよい、ザミエル」


 ザミエルの影の中から、スキラトが姿を現す。


「ぬしらの腕前はよう理解した。次に会うのは二十の月が昇る頃であろう。……ガルムめ。簡単にやられおってからに、あの役立たずが」


 足下に広がった影は沼のようにザミエルを沈めていく。彼は血の涙を流すのをやめ、項垂れて弓の構えを解いて消えていく。


「また会おう、人間。ぬしらと奪い合うのを楽しみにしていよう」


 小さな体が影の中に消えようとしたとき、背後から両手剣が胸を貫いた。


「──逃がすわけないだろう、こんな絶好の機会を」


 騎士団長であったシャーリンは二人に比べて慈悲もなければ、好機と見るや不意討ちも厭わない。確実に葬り去ろうとして突き刺したが、スキラトは血のひとつ零さず、はらりとフードが脱げ落ちると黒く長い髪がすらっと露わになった。


「言うたであろう、次に会うのはまだ先……決着は今ではない」


 ぎらついた灰色の眼光がシャーリンを見つめて嗤う。


「節操のない下品な女よのう。では、またいずれ」


 体が塗りつぶしたように真っ黒に染まり、弾けて消える。気配が消滅し、月夜の下には戦いの痕跡だけが、静かに留まるばかりだった。

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