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大英雄はメイド様  作者: 智慧砂猫
第二部

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第12話「闇夜の襲撃者」

 森に転がっていた腕が握り締めていた杖は、正しくジョエルに引き継がれた。柄には少しばかり血が滲んでおり、何があったかを想像するに生々しさを感じられる、痛みがあった。彼女はそれを大事そうに抱えた。


「ありがとう、ヴェロニカさん。大事に使うよ」


「ああ。あいつもきっと喜んでくれる」


 大事なものの引継ぎが済んだら、ヴェロニカはオフェリアに戦斧を向ける。


「さ、大事な用がひとつ済んだところで次の仕事だ」


「……はい? 私に何か用でもあるんですか?」


 一瞬、空気がしんと静まり返った。誰も何も言わないが、戦闘狂じみた女だけがぎらりとした瞳で、とんでもない馬鹿でも見つけたように冷たく言った。


「今からてめえの相手だろうが。シャーリンが言ってただろ」


「あっ。そうでしたあ、すっかり忘れてお風呂入っちゃいましたよお」


 ぽりぽりと頬を掻く。さんざんシャーリンと打ち合った後で、もうひとつの大イベントがあるのをすっかり忘れて、オフェリアはやる気が削がれていた。


「あ~あ、せめて数時間後とかがいいんですけどお」


「んな悠長な事言ってられねえだろ。もう結構経ってんだぞ」


 肩に戦斧を担いで、はあ、と大きなため息をこぼす。


「いくらセレスタンの封印魔法が強力だっつっても、相手はこれまでとは別格のバケモンなんだろうが。だらだらしてる暇なんざねえよ。こっちからは、相手がいつ襲ってくるかなんてタイミングが目に見えるわけじゃ──」


 瞬時に言葉が切れた。風を貫いて飛んできた何かを、目にも留まらない速さで戦斧によって叩き落とす。さきほどまでの緩かった緊張の糸が、ぴんと張り詰める。


「全員、屋敷の中に避難しとけ! ジョエル、疲れてるだろうが初仕事だ、結界を張れ! オフェリアはジョエルの盾だ、分かってるな!?」


「当たり前ですよう。ね、お嬢様!」


 ジョエルはこくっと頷いて、杖の石突を地面に立てた。


「頼むよ、私の英雄様。やれるだけの事は、私も頑張ってみるから」


「ぬっふっふ~。いよいよ、って感じですねえ」


 暗がりの中から、彼女たちの前に姿を現す者たちがいる。ひとりは鉄仮面をつけ、口から矢をずるりと取り出して、六本ある腕で矢に番え、地面に這いつくばる気味の悪い怪物。もう一方はローブを着たままの体格の大きい何者か。


 ジョエルが弓兵と思しき魔獣を見て、記憶の中にある姿を探った。


「……そうか、彼だ。彼がセレスタンさんの腕を矢で飛ばしたんだ」


 その言葉を聞いてヴェロニカとオフェリアは目の色を変える。さきほどまではただの襲撃者としての認識だったが、二人の中で沸々と怒りが湧く。


「けっ、そうかよ。だったらアタシが……いや、ここは冷静に、あっちのデカいほうは任せろ。オフェリア、あっちの芋虫みてえな奴を相手出来るか?」


 ナックルダスターを嵌めて、彼女はニヤッと笑う。


「もちろんですよお。あの程度なら楽勝ですう」


 いくらセレスタンがやられたとはいえ、相手は数が少なく、そのうえ個々であれば実力は上回っていると考えた。大柄な怪物が、隣で這いつくばる怪物を「ザミエル」と呼び、バッとローブを脱ぐ。


「お前は乱戦向きではない。しばし待て、あの女を先に喰おう」


 ヴェロニカを指差して、ニタァと笑ったのは、狼の頭を持った毛深い大きな男の姿をした魔獣だ。これまで見てきた魔獣の中では、さほどの大きさではない。人間としても標準よりややがっちりとしている程度。


 だが、間違いなく強さは別格だと分かる気配があった。


「喧嘩売られてますよ、ヴェロニカ」


「わぁってるよ! タイマンをお望みってわけだろ?」


 好都合だ、と彼女は戦斧を握り締めた。


「いいぜ、来いよ。てめえがアタシに手も足も出ねえ子犬だって事を痛感させてやるぜ、クズ野郎。てめえからバラバラに引き裂いてやる」


「威勢の良い……。人間のくせに美味そうな匂いもする」


 目を疑った。破裂するような音がして、目にも留まらぬ速さで狼男はヴェロニカの背後に回った。巨体を持ちながら、風のように速いのだ。


 だが、ヴェロニカも負けていない。咄嗟に反応して振り返り、戦斧で薙いでみせた。敵の動きを正確に捉えている。


「思ったよりやるじゃねえか、犬っころ」


「お前もだ、人間。名前を聞いておいてやろう」


 戦斧をぐるんと回して肩に担ぎ、ペッと唾を吐く。


「名乗るときってのは自分からだろうが。会話できる知性はあるくせに、そういう常識ってのはてめえら獣には備わってねえのか?」


 挑発には乗らず、狼男は腰に手を当てながらげらげら笑う。


「なんだ、それは。喰えるものなら喰ってやるが? 魔界とは強さだけがものを言う場所。ゆえお前たちひ弱な人間如きの常識とやらに付き合ってやるつもりはない。餌風情が偉そうに、だからあの優男も死んだのだろうなァ」


 たったひと言。それだけが逆鱗に触れた。闘志に満ち溢れていたヴェロニカの表情から笑みが消え、すっと戦斧を肩から降ろす。


「……そうかよ。だったらお望み通りに名乗ってやらァ。アタシは大英雄が一人、ヴェロニカ・エッケザックス。セレスタンのダチで、てめえを殺す奴の名だ」

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