第5話「嘘つきはどちらか」
────オフェリアの言葉の意味を、ベルモアは翌朝すぐに知ることになる。彼女が言った通り、厨房で騒ぎが起きたのだ。
「おかしいわ、果物の数が合わないの」
メイドの何人かが話しているのを遠巻きに眺める。その主導となっているのが、アマンダというメイドだ。他の誰よりも働いている年数が長く、彼女の言葉は家政婦長と同じくらいの影響力があった。
「昨日の夕方にみんなと確かめたときは数に間違いがなかったのだけど……。ねえ、オフェリア、最終チェックはあなたの仕事だったわよね?」
「ええ、そうですよ、アマンダさん。こちらのベルモア嬢と確認しました」
アマンダはバンッと机を叩いて彼女を睨む。
「なによ、ベルモアも悪いって言いたいの?」
「私は一緒に確認したと言っただけですよ」
「おだまり! 口答えをしていいと思ってるの!?」
発言権はないとばかりに怒鳴りつけ、果物の入った箱を指差す。
「りんごが二個も無くなっているわ。ベルモアと仕事をするふりをして、どうせ目を盗んで懐に入れたに違いないわよ。あなたって本当に馬鹿よね」
「そうですか? 自分ではそれなりに賢いと思ってますけど」
悪びれもせずに堂々と返したオフェリアに、アマンダは顔を引きつらせた。他のメイドたちも同調するように、小声でオフェリアを馬鹿にする。どうせあの子がやったに違いない、同じ平民とは思えないくらい浅ましい、そんな声がぽつぽつと湧く。
「なんにしてもあなたがやったのは確かよ。誰も疑ってないくらいにね。念のために、あなたの部屋を調べさせてもらうわ。あなたはここにいてちょうだい。何か細工でもして証拠隠滅されたら困るから」
どうせそっちは捏造するくせに、と内心で小馬鹿にしたが、表情にはおくびにも出さずに「いいですよお」と見送ることにした。ベルモアが僅かに視線を動かしたが、オフェリアは取り合おうとしない。
「まだそのときじゃありませんよ」
ぼそっと聞こえて、ベルモアは小声で苛立ちを口にする。
「……あなたがりんごなんか盗るわけないでしょう、嫌いなのに」
「ふふっ、だから面白いんじゃないですか。さ、静かにしてね」
作為ある人選によって、アマンダを初めとする数人がオフェリアに与えられた部屋へ向かい、他のメイドたちは見張り役になる。彼女たちが戻ってくるまで、ベルモアは言い付け通り、ひと言も発さなかった。
ほどなくして戻ってきたアマンダたちは、想像に寸分の相違ない振る舞いで戻ってくる。りんごを手に持ち、あからさまにしてやったりな表情を浮かべて。
「ごらんなさい。あなたの部屋に隠してあったのを見つけたわ」
「あら~、そうですかあ。それは残念ですねえ」
やっぱり盗んだのだ、と誰もが思うような言い逃れ出来ない状況。いい加減にベルモアも我慢できなくなってきていた。
「さあどうするの? 認めるのよね、オフェリア?」
「認めませんよ。だって私、昨夜は自室に戻ってませんから」
きっぱり言い切られて「えっ」と頓狂な声が漏れた。ちょうど、それが好機だとばかりにベルモアが一歩前に出る。
「庇うわけではないのですが、オフェリア様にどうしてもと頼まれて、今朝方まで共に別館での清掃に勤しんでおりました。戻ってきたのも皆様が支度を始める頃でしたので、とてもりんごを部屋に持ち帰る時間はなかったかと思います」
本来の業務は別館でのみ行うはずだったが、本館でも手伝わされるようになったオフェリアは時間が足らず、眠る時間もかなり短い。そうやってこれまでも辞めさせてきたのが分かる激務。そのうえ代理の巡回までとなれば、当然作業は明け方まで続いた。盗む余裕のある瞬間など、ただの一度もなかった。
たたみかけるように、ベルモアは更に続ける。
「それに食糧のチェックは私が行いました。オフェリア様ではありません。彼女は備品の数を調べてくれていました。こちらには近寄っても来ていませんので、部屋に隠して持っていくなど不可能です」
厨房がざわつく中、ばたばたと急ぎ気味に誰かがやってきて扉を開く。煌びやかなひと目で高価と分かる服装の女性。オフェリアも実は初めて会う相手だが、すぐに彼女がアルメリア伯爵夫人・ロイナだというのが分かった。
「今日は騒がしいわね、何かあったの?」
いつもより早起きして邸内をのんびり歩き回っていたら、いつもより騒がしいので気になって厨房を覗きにきたらしく、厨房はまた騒然とした。真っ先に「すみません、奥様。実はオフェリアが」と、否定されたにも関わらず、食糧品の盗難の罪をでっちあげようと事情を説明した。もう引き下がれないのだ。
それが、ちょうど都合の良い話に繋がり、ようやく本領発揮のときだとばかりにベルモアが連なって遮るように声をあげた。
「それならば憲兵を呼んで調査して頂くのはどうでしょう。オフェリア様は否定していらっしゃいますから、やはり憲兵隊の方々に頼ってみるのが適切な流れかと思われます。いかがでしょうか、奥様?」