第6話「生きてるうちに」
────スキラトが地下牢で虐殺を行ってから数日。その行方は依然として知れていない。シャーリンは『自分が一人で森にいれば、姿を現すかもしれない』と皇都に戻ろうとはせず、バルテロの招集によって議会が再び開かれたときには、オフェリアとヴェロニカだけの出席となった。
そして、新たな顔ぶれが議会には加わった。オフェリアたちと深い関わりがあるという理由から、新たに席がふたつ──ジョエルとロイナの席が用意された。
「オフェリア殿、久しぶりだな」
「騎士団長様じゃありませんか。相変わらず健康そうですねえ」
現騎士団長のヴァツィルは、そんなことはないと苦笑いだ。
「片目に眼帯をしているのが健康に見えたか」
「シャーリンに憧れているのかと思ってえ」
「憧れちゃいるのは事実だが、片目の生活は求めてない」
隣の席にどかって座って腕を組む。顔色があまり良くなかった。
「最近、忙しすぎてな。部下まで大勢失って、調子が落ちていたんだろう。柄にもなく転んで顔を打っちまって。……セレスタン殿の件、お悔やみ申し上げるよ」
「それこそ柄にもないですよ。それで、目の調子は?」
ヴァツィルは眼帯をそっと指先で撫でながら。
「問題ないそうだが、しばらくは様子見だ。距離感は掴めないし、とにかく見えづらい。……シャーリン団長のようにはいかんのが悔しいものだ」
「アハハ、彼女は特別ですからねえ。それにしても、今日はよく話しかけてくれますねえ。もしかして慰めてくれてるとかですか?」
う~ん、と彼は頬を掻いて気まずそうにする。いつもぶっきらぼうで、オフェリアの事が好きでもないのに、今日には限ってはそうもいかんだろうと思ってしまった。哀れみではなく、自分がそうやって周囲に支えられてきたから。
「失った者同士、傷をなめ合うような真似のつもりはないんだが……黙っているのは酷な気がしてね。せめて下らん話題でもと」
思い出すだけで腹立たしいが、その憎むべき相手もこの世にいない。訓練が終われば部下たちの墓前で立ち尽くす、不甲斐ない灰色の日常。魔獣という脅威に立ち向かい、その結果、大勢が犠牲になった事を今も彼は夢に見ている。
「悪いな……。俺のほうが感傷的になっていたか」
「ぬふふ。小心者ですねえ、ヴァツィルは」
こつんと肘で小突き、オフェリアはくすっと笑った。
「生きてる人間は、生きてるときに出来る事を、生きてるうちにやるしかないんです。悲しんで悩むよりも先に、私たちにはやらなければならない事があるでしょ? 残酷な現実と戦うのも私たちの仕事です、今は前を向いて下さい」
バルテロの木槌が会議の始まりを告げる。まだ脅威は去っていない。ヴァツィルはごほん、と咳払いをして襟を正す。内心で密やかに、隣の席に座る年下の娘の説教に、自分もまだまだ若輩者の範疇を抜けていない事に気付かされた。
「では会議を始める。その前に──我らが議会に新たな名が刻まれた。まずは、アルメリア卿と、その母親であるロイナ・ミリガンを歓迎しよう」
適度に挨拶を済ませ、ジョエルたちが自己紹介をして、議題はすぐに地下牢で起きた異常事態について移った。ノイマン・アリンジューム含む全ての重罪人を喰らっていた痕跡を残して消えた、異様な能力を持った〝スキラト〟と名乗った何者か。
翌日から調査は始まったが、アリンジューム家も、セレスタンもいない今、暗闇の中で影を追うのは簡単な事ではない。人間を殺して喰らったあと、影の中へ消えたスキラトの行方は、雲を捕まえるよりも難しい状況だった。
そこに、一人の貴族が手を挙げた。以前からオフェリアを敵視している男で、前回にも彼女が魔獣を討ち漏らしていた可能性に言及したときに、それを槍玉にあげようとしたのは、その場にいた者なら記憶にまだ新しい。
「あえて言葉は選びますまいが、今のところ皇都では罪人の襲撃以外では、そのスキラトとやらによる被害は出ておりませぬ。ですが、ちょうど連中はテルミドール卿にも狙いをつけたのでしょう? やはりヴァイオレット卿が議会を欠席した理由のように、囮になっていただいては。ああ、当然、リンデロート卿もという意味で」
強く反論したのはロイナだ。ばんっ、と机を叩いて「死地に送れと言っているのですか!?」と家族を侮辱された事に怒りをあらわにした。男は両手を小さく挙げて、小馬鹿にしながら「そこまでは言ったつもりはありませんがねえ」と視線を逸らす。
言い争いに発展しそうな中、オフェリアがぽつりと。
「構いませんよお、私は。でもあいつらは出てこないと思います」
「理由が聞きたいですねえ、リンデロート卿。ただ怖いのでは──」
「スキラトがそう言ったからです。あれはまるで……」
暗闇の中で振り返った、血で汚れたスキラトを思い出す。
『悪いが餌が足らんでのう。貴様らと殺り合うのは、まだ先じゃ』
不思議にもオフェリアは、スキラトが戦いたがっているように思えた。
「おそらく、数カ月のうちに現れるはずです。私たちが何人でも」




