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大英雄はメイド様  作者: 智慧砂猫
第二部

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第5話「暗闇の中」

「本当に必要だったんですかねえ……」


 ぼそりと独り言をこぼすのは、目の前で見たくもない痛々しい瞬間を見てしまったせいだ。自分も同じ痛みを経験したような気分の悪さに襲われた。


 だが、そのおかげでノイマンが諦めて話す気になったのは良かった。時間を無駄にせずに済む。シャーリンに完全に怯えてしまっているのが少し哀れではあるが。


「リンデロート卿……その、議会で話したときの事を覚えてますか?」


「えぇ~、覚えてますよお。あなたの事、少しは信じてたのに」


「残念ながら信じたほうがいい。あの話だけは嘘ではないんですよ」


 議会に持ち込んだ黒曜石自体は本物だ。魔力を勝手に生成する事までは話さなかったが、魔獣たちが現れる場所に必ず落ちていたのは事実で、彼にとってはまさしく神秘の塊と言えた。いくら使っても魔力を生成する宝石があれば、これまでにない革新的な技術を打ち出せると思った。


「あの黒曜石を再現することは不可能でした。あの後、わたくしはあれがあれば、魔獣を永久的に操れる可能性があると思いました。しかし、肝心な魔獣は死体ばかりで話にならない。人間に使えばどうなるか分からない。だから、疑似的に魔獣を生み出して黒曜石を使ってみる事にした。結果は、ご存知の通り、あの大英雄ヴェロニカ・エッケザックスでさえ、操ることが出来たのです。素晴らしいとは思いませんか?」


 ガシャンッ、と鎖が限界まで伸びてノイマンが進もうとするのを止めた。彼はギラついた瞳で、必死になって訴えかけた。


「考え直してください、お二方も理解しているはずだ。あれほどの効力があれば、わたくしたちは次の脅威に備えられると分かったではありませんか! 英雄だっていつまでも生きてはいないでしょう!?」


 オフェリアは彼をまっすぐ見つめて、宝石を握り締める。


 完全に粉々に砕けた石は、もう魔力を生成できず輝きを失った。


「な、なんてことを……! 今はそれだけしかなかったのに!」


「要らないんですよう、こんなものは」


 ぱんぱんと手についた粉を払い、蔑んだ目を向けて──。


「自分たちの世界を自分たちで守れないのなら、捨ててしまったほうがマシです。この、本当に黒曜石かどうかも分からない異界のモノに頼るつもりはありません」


「ハッ……ハハハ! 後悔することになりますよ……絶対にね!」


 どれほど貴重な物かが分かっていないと彼は叫んだ。二人は、気に留める事もなく地下牢を去っていく。たとえ貴重だったとしても、仲間の命を奪う元凶になったのは間違いない。関わった事で、抗えない死に纏わりつかれたのだから。


「ありがとう、オフェリア。君は立派になったな」


「やめてくださいよ~。元々立派なんですから」


「アハハ、かもしれない。だが……もうここまでだ」


 話は聞けた。黒曜石が魔獣を呼び寄せたのだとしたら、セレスタンの傍に集まった何者かが、呼応して見つけ出したに違いない。シャーリンは一人、心の中に秘めた憎悪を優しく抱きしめ、冷静さを保ちながら──。


「ボクはしばらく、あの森で過ごす。何かあれば会いに来てくれ」


「……はい。どうかお気をつけて、シャーリン」


 あなたまでいなくなったりはしませんよね、と言いたくなったのをグッと呑み込んで、寂しさをひた隠しにしながら友人の背中を見送った。


 風のように去ったシャーリンの怒りを、オフェリアは理解ができなかった。もちろん、同じように腹を立てている。だが、幼馴染という長年の関係は、きっと自分には触れてはならない領域があるのだろう、と。


「はあ、疲れちゃったし、早くお嬢様に会いに帰ろう~っと」


 一歩目がこつん、と石畳を叩いた瞬間──地下牢から悲鳴が響く。


「今のはノイマンの声……!?」


 慌てて引き返したオフェリアは、地下牢の中を進む。ちらっと他の牢を見たとき、誰も動かないのに気付いて足をぴたっと止めた。


「……死んでる。まさか全員殺された?」


 今さっきまでは確かに彼らは生きていて、呪いのように苦しみの文言を繰り返していたのに、今は風が止んだときよりも静かになっていた。心臓がバクバクと警鐘を鳴らす。本当に進んでもいいのか、自分の思考が足枷になって足取りは重くなる。


────ノイマン・アリンジュームは死んでいた。胸に風穴を開けて。


「なんじゃ、まだおったのか」


 ぼろきれから覗く小さくて細い手。ほとんどしわがなく、まるで子供のような手が、ノイマンのモノだった何かを手に握り締め、フードから振り返った横顔が僅かに覗き、口の周りを赤黒い液体で濡らしている。それが何か、考えるのはやめた。


「誰、なんです?……子供?」


「さあ、どうであろうな」


 沼に沈んでいくように、少年か少女かも分からない声をした誰かは、ゆっくり闇の中へ沈んで消えていく。オフェリアが捕まえようとするが、ぴたりと足が止まった。いや、止められた。自分の影から伸びてきた無数の黒い手によって。


「悪いが餌が足らんでのう。貴様らと殺り合うのは、まだ先じゃ」


「くっ……! せめて名前くらい名乗ったらどうなんです!?」


 ばさっとぼろきれを翻し、オフェリアに背を向けて──。


「儂はスキラト。覚えておくが良い、ぬしを殺す者の名かもしれんからのう」

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