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大英雄はメイド様  作者: 智慧砂猫
第二部
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第4話「脅迫」

 森から草原へ、草原から皇都へ。皇都から城へ。オフェリアの嫌がる叫び声は、あらゆる場所で響き渡り──悲痛な彼女の叫びを理解する者はいなかったが──、おそらく無事と言える程度の青い顔をして解放されたことに安堵の息を吐いた。


 そんな彼女の様子を見て、シャーリンは可笑しそうにしていた。


「ヴォエッ……最低ですよう、せめて心の準備が……」


「ボクにお姫様抱っこされて気分が悪いって?」


「生憎と私はお姫様じゃなくて箒片手に仕事をサボるメイドなんですよ」


「そこはサボるなよ。ま、いいや。早く行って済ませよう」


 二人共、ノイマンに会うのは気が進まない。特にオフェリアは、本来であれば彼を殺してやりたいほど憎く思っているのだ。今も彼女は、毎日のようにグレイスの顔を思い出し、最後に掛けられた言葉が耳から離れなかった。


「間違っても殺したりしないでよ。ボクたちの重要参考人だ」


「わかってますよう。そこまで野蛮人じゃありませ~ん」


 許可はあっさり下りた。セレスタンの死は大々的な公表を差し控えられ、彼の死の原因究明がしたいと言えば、ノイマン・アリンジュームとの面会は皇帝バルテロの認めるところとなり、彼女たちは礼だけを軽く伝えて地下牢へ足を運んだ。


 地下牢は湿った空気が流れ、罪人たちのうめき声が僅かに聞こえる陰鬱な場所だ。警備の騎士たちでさえ悪寒を感じるような澱みの中を彼女たちは躊躇なく歩き、最も厳重に二枚の鉄格子を掛けられた牢の前に立った。


「ひどくやつれましたねえ、ノイマン」


 首や手足を鎖で繋がれた男は、かつての栄光を剥ぎ取られ、本性という名の皮膚だけが残り、憎悪の宿った瞳が二人を冷たく睨む。


「あなた方さえいなければと思わざるを得ませんよ。いまさら何をしにいらっしゃったのか、理解しかねます。わたくしに聞きたい事でも?」


「これについて話してくれるかと思いましてえ」


 手の中にある黒曜石が仄かに輝いているのを見て、ノイマンは視線を逸らす。手に入らないものなど見るのもうんざりだと言いたげに。


「何もメリットがないのに、わたくしが話すとでも思うのですか? 馬鹿馬鹿しい。お引き取りください、これ以上の会話など時間の無駄です」


 オフェリアがぎりっと歯を鳴らす。そういう男だ、決して口を割らないだろう、と。しかしシャーリンは食い下がった。彼を見下ろし、目を細めて──。


「そうか、では拷問しよう」


 さらりと恐ろしい事を言うので、オフェリアもノイマンもぎょっとして見た。だが彼女には当然の事であった。拷問しなければ口を割ろうとしない罪人の足を剣で突き刺す事に、これまで一度も抵抗を感じたことはない。セレスタンが殺された今、なおさら時間を無駄にしたくなかった。


「ボクは色々と要りようでね。困ったときのために、ナイフは常に持ち歩いてるんだ。小さいものだが、お前を痛めつけるなんて造作もない。……ああ、鉄格子もあるし許可も下りてないから大丈夫だとか思うなよ、ボクは英雄を気取るつもりはない」


 グッと鉄格子を握り締め、強引に曲げていく。一人が通れさえすればいい。誰かの許可など待っていては、次の瞬間に襲撃のひとつでも受ける可能性だってある。たかがノイマンという重罪人のために、何人が犠牲になるかも分からないのを黙って見過ごしている暇などないのだ。


「まだ一ヶ月。痩せたとはいえ君は幸いにも、まだ健康的だ。いいか、これから少しずつ指の先から肉を削いでやる。でも安心したまえ、こう見えて騎士団にいた頃は怪我も多くてね、多少ではあるが止血の心得もある。死なせたりしないさ」


 ただでさえずきずきと痛む爪の割れた指をぎゅっと軽くつねられ、十分に痛いのに、ナイフの先が爪と指の間をすぱっと通り抜けた。ノイマンは叫び声をあげそうになったが、シャーリンは彼の口を手でぎゅっと塞いで無理に耐えさせて、脅しではないのだと明確に理解させる。


「おいおい、黙りなよ。ボクは今、非常に機嫌が悪いんだ。もしかしたら手もとが狂ってしまうかも。ところで、話す気にはなったかな?」


 必死になって頷くのを見て、シャーリンは笑顔になる。


「よろしい。君が素直な良い奴で助かるよ」


「こ、これは……私刑ではありませんか……!」


「口を開くときは話すべき言葉を選んで起きたまえ」


 切っ先が胸につん、と当てられる。ほのかに滲む血にぞわっとした。


「いいかい、ノイマン・アリンジューム。君の命を奪ったところで、讃えられこそすれ責める奴なんて、今の世の中には一人もいないさ。たとえ死に方がどうであれ、君がこれまで殺してきた人々の数を考えれば何をされたって妥当なんだから」


 彼の額に指をとん、と置く。つうっ、と滑らせて鼻先を通り、唇を渡って、喉元から股の間まで指が道をなぞり、冷酷な視線と共にシャーリンは告げた。


「君の身体は、今、この場では目から股にぶら下がったものまで全てボクの自由だ。ただでさえ短い命に苦痛を伴わせたいのなら叶えてやる。警告はしてあげたんだ、二度は言わないよ。さ、君が口から垂れ流すべきものはなんだい、お坊ちゃん?」


 オフェリアは意外なシャーリンの一面にそっと目を逸らした。

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