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大英雄はメイド様  作者: 智慧砂猫
第二部
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第3話「黒曜石」

────二人は森へ向かった。ジョエルたちには事情を伝え、その日のうちに戻ると約束して。セレスタンが何かひとつでも、魔法陣以外の痕跡を残していないかを確かめるために足を運び、変わり果てた姿の別荘の前で二人してぼうっと立ち尽くす。


 二日前の出来事。だが、まだ今朝の話のようだった。


「酷いですねえ……。私の別荘、半分ありませんよ」


「半分で済んでたらマシなほうじゃないか、これは?」


 屋根は完全に吹き飛ばされ、まるで砲撃でも受けた後のように無惨だ。床は割れ、ばらばらに吹き飛んだ野菜と網籠が、転がっている。四人で料理を作ったキッチンは、もう跡形もなかった。寂し気に指先で煤を擦り、肩を落とす。


「何に襲われたらこうなるんですかねえ」


「ただの魔獣であってもこうはなるよ。だけど……」


 崩れた別荘の壁に垂れさがる黒焦げの蛇の魔獣。誰がやったか、考えるべくもなく分かる事だ。問題なのは、周囲の状況。さらにひどいのは、森の一部が吹き飛んで、木々がなぎ倒され、まるで天まで届きそうな長さをした蛇がまっすぐ這いずったような、太く土が抉れた跡があった。


「ここまで酷くはならないかもな。いくらデカくても、所詮は魔獣だ。セレスタンがやられるほどの理性ない獣がいたんだったら、それこそ魔法陣なんて起動している暇はなかった。……これはあまりに理知的で計画的だと思わないか?」


 シャーリンの手には潰れたトマトのくずがある。中には黒曜石が埋まっていた。淡く輝く黒曜石で、間違いなく魔力を含んでいる特別なものだ。


「どうしてそう思うんです? もしかしたら傷ついて逃げただけかも」


「いいや、ありえないね。だとしたら誰も見ていないのは不自然だ」


 拾った黒曜石をオフェリアに投げ渡す。


「セレスタンが魔法陣を起動した位置は森の中央。ここからまだ離れてる。そこまで逃げて、追い詰められた。ボクの眼がそう言ってる。複数の足跡、蹄や人型の手足……。それから這いずった跡。あまり大きくないが、もし個々がセレスタンに近い強さを持っていたとしたら、負けた理由には納得できる。敵はまるで狩りのように、正確に五体で追い詰めたんだ。何か、こっちの想像を超えた事態が起きてそうだね」


 セレスタンが遺した黒曜石をぎゅっと強く握りしめ、オフェリアは悔しくなった。誰か一人でも、彼の傍にいれば結末は違っただろうに、そのときに自分たちは邸宅でいつものように笑っていたのだと思うと、悔しくて仕方なかった。


「シャーリン、ノイマン・アリンジュームの処刑の日取りは?」


「明後日。広場に首が飾られるだろうって、バルテロが憤ってたよ」


 彼女は馬鹿馬鹿しそうに潰れたトマトを手にして、鼻で笑った。


「相変わらず悪趣味だよな。いつまで経っても連中は野蛮な時代から一歩も進もうとしちゃいない。……いや、それともこれから進化の可能性が?」


「なんの話ですか。悪趣味とは思いますが……」


 べしゃりと手から零れ落ちたトマトが潰れた。


「なに、ボクも今回の件が終わったら隠居しようかなって話さ。ここは人目を避けて暮らすには最適だろうし、セレスタンが作ってた畑、失くしてしまうのは勿体ないだろ。誰も引き継ぐ予定がないなら、ありかなって思って」


「あの、念のため言っておきますが、ここ私の土地なんですけど」


 セレスタンに貸していただけで、実際には皇帝からオフェリアが賜った魔獣戦争の褒美なのだが、使うかと言われれば使わないので本心はどうでもいい。ただ、わが物顔で使われる事にはいささかの納得がいかなかった。


「そうだ、この別荘も新しく建て直そう。前は四人だと手狭だったそうじゃないか。今度はみんなでパーティができるくらいにしたらどうかな?」


「すみません、ここ私の土地……はあ、もういいです」


 図々しくても譲るほかない。セレスタンが築いたものがふいになってしまうのは、オフェリアも嫌だ。彼の痕跡が少しでも残るのなら、と諦めた。


「ところでノイマンに会いに行くつもりなの?」


「ええ。彼から聞きたい事もありますし……」


 魔法に関して尋ねるときは、セレスタンが望ましい。彼以上に魔法の原理や現象について簡潔で事細かに整理しながら、周囲への理解を促せる人間はいない。だが彼はもういない。話を聞けるとしたら、ノイマン・アリンジューム。彼に聞く事だけが、真実へ近づく機会だ。


「うーん、でも会えるかな。基本的に重罪人とは面会禁止のはずだけど」


「何を仰います。そこはそれ、私たちの特権を利用すべきですよう」


「一理ある。ではさっそく会いに行くとしよう。……ちょっと失礼」


 ひょいっ、とオフェリアを抱きあげて、ニヤッとする。


「……分かってます。分かってますけど、ちょっと待っ──!」


 シャーリンの脚力は常人の理解のそれを遥かに超えている。その速さたるや、四人の中で最も強いヴェロニカでさえ、脚力では勝ち目がない。馬より速く、突風のように駆けるのだ。その勢いには心の準備が欲しかった。


 当然、そんな準備の時間など与えてはくれないのだが。


「落ちる、落ちますう~! もっとゆっくりぃ~!」


「アッハッハ! ボクが抱っこしてるから大丈夫だよ!」

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