エピローグ『ただのメイドですから』
事の発端はロイナが取り次いだ事によるものだ。ジョエルがあまり表に出たがらない──出ても騒ぎに囲まれてげんなりさせられる──ので、代わりに少しくらいなら話を受けると彼女が話を受けた。あまり印象が悪くなって驕っていると思われても可哀想だから、と。
しかしそれが裏目に出た。記者は饒舌で、相手を上手く褒めながら話を聞き、そのときに『そういえば、あの専属のメイドさん、なんて方なんです? とても美しい働きぶりで』と言われ、自慢げに『オフェリアはとても良い子なの』と口を滑らせてしまった。その事にも気付かず、べらべらと話してしまったと彼女は深く反省する。
よく考えれば、そもそも記者は会った事もないのだ。
「ごめんなさい、本当に。でも、きちんと言おうと思ったのよ?」
「……はあ。もういいですよう、犯人が分かったなら」
いくら言ったところで、彼女の素性は隠し切れない。ただひとつ、少しだけ嫌だなと思いながらも口に出さなかったのは、自分が孤児院出身で、どんな人間であったかを大勢に知られる事だ。たくさんの嫌がらせを受けてきたのも事実だったが、その分、一匹オオカミを気取って、誰にでも噛みつくような人間だったのも間違いない。
下らないスキャンダルひとつで人生を左右されるほど精神を揺さぶられるのは嫌だった。だが、すぐ傍にジョエルがいれば、まあいいかと思った。
「ちわーっす、エッケザックス配達で……って、どうしたよ?」
ボックスを抱えてメイドに連れられ、魚を届けにやってきたヴェロニカが、応接室の暗い雰囲気を見て気まずそうな顔をする。事情を知ったら大喜びしたが。
なにしろ彼女は被害がなかった。魔獣と融合したのもあって、当時の外見的に英雄としては見られていなかったようで、多少は記事になったものの『魔獣か、英雄のペットか?』という憶測だらけの話に留まっていた。
そのうえ彼女はオフェリアとの激しい戦闘の影響か、外見は元通りに戻った。どうやら吸収してしまったとは本人談で、その頃から肉体に負担を掛けていた呪いもなくなっているとセレスタンからの診断があったと言う。
「やれやれ、君が元気なのがボクは腹が立って仕方がないよ……。それよりもセレスタンのほうがムカつくんだけどね、あいつだけは自衛の手段があるし」
「だったら森へ行けばいいじゃねえか。いつでも会えるだろ?」
会えると言えば会える。ただ、わざわざ会いたいほどでもない。匿ってもらいたいという気持ちもなく、シャーリンは「お断りだ」とはっきり答えた。
彼女たちの騒がしいやり取りを、ジョエルがくすっと笑った。
「面白いね。こうして皆で話してるのは」
外へ出れば、とても穏やかな気持ちではいられないほど慌ただしいが、邸内はいつも通り穏やかだ。顔ぶれは以前と比べれば増えたし、オフェリアたちが普通の人間ではないと知りもした。それでも、関係は変わらなかった。
いや、むしろさらに仲は深まったと言える。以前にも増して強い絆が生まれ、オフェリア自身もまた、この時間がまた続く事に喜びを覚えた。
「ずっと続くといいですねえ、こんな時間が」
「ずっと続くに決まってるさ、こんな時間が」
ジョエルは、静かに隣へ座ったオフェリアの手を握った。
「やっと手に入れた日常は、こんなにも美しい。いつか必ず年老いて、私たちの誰かが最初で、誰かが最後になる。でも、そうだとしても、今の私なら幸せだったと言える。それまで、この時間は絶対に続くって信じたい。ううん、信じているよ」
返事を求められるような優しい視線に、オフェリアは小さく頷く。
「──私も、そう思います」
人間の人生などたった数十年。長いようで短く、気付けばあっという間に過ぎている。一日でさえ、日が昇って落ちるまで、ただちょっと何かに気を取られているだけですぐだ。それでも構わない。今の日常が続くなら。
いくらかの騒動がありつつも、それはそれで楽しい時間。目の前で起きているシャーリンとヴェロニカの喧嘩など大した事ではなく、微笑ましく二人は見守る。
「ちょっと二人共! 仲裁に入ってくれないと……!」
「おっと。すみません、お母様。私は少し用事が」
「あれれ~? なんだか私も用事がある気がしてきましたあ」
頼みは聞かず、隙を見てオフェリアとジョエルは部屋を飛び出した。呼び止める声も聞かず、手を繋いで、喧騒を背にしながら。
「たまにはこういう悪さもいいね」
「でしょう? 悪い遊びならたくさん教えてあげますよお」
「ふふっ、大英雄様がそんな事言っていいのかい?」
「いいんですよう、これくらい。今はただのメイドですもの」
今日も、明日も、明後日も。後ろ暗い気持ちは捨てて、大英雄はメイドとして生きる。大事な主人との絆を紡ぎ続けるために。
「そうだ、また旅行に行きませんか」
「興味があるな。次はどこへ連れてってくれる?」
あごに指を添え、オフェリアはうーんと考える。
「あ、それじゃあ、もっと遠くへ行ってみましょう。今度はもっとも~っと、たくさんの人たちを誘って! 楽しくなると思いませんか?──ね、お嬢様!」
 




