第44話「決着」
オフェリアはだらんと腕を垂らして拳を握り締めたまま待つ。一瞬、強く吹いた風を合図にして、ヴェロニカが斧を構えて突進する。正面で軽く跳ねた直後、彼女はフッと姿を消す。瞬きよりも速くオフェリアの背後に回り込み、重厚な一撃を振るう。
「おっせえんですよ」
ナックルダスターと触れ合った斧が、簡単に弾き飛ばされる。魔獣の肉体をうまく利用した接近戦に持ち込み、鋭い爪で切り裂こうとするが、懐に入り込んだオフェリアの服を掠っただけで、拳が簡単に腹部を狙い打った。
「……一点集中。我慢してくださいよう!」
さらに踏み込んだ一撃。腹部に触れた拳から肉体の内部を、殴った個所を中心にまっすぐ強烈な衝撃が突き抜けた。ヴェロニカが死なないよう加減した威力でも、血を吐くほどの痛みが襲い、意識が瞬間だけ吹き飛ばされる。
「ごほっ……! て、めえ……!」
衝撃に押し出されたのか、ヴェロニカが何かを吐き出す。コロコロと地面を転がったのは、魔力の籠った小さないくつかの黒曜石だ。ノイマンが彼女を操るために呑み込ませたのだろう、とオフェリアは視線を彼へ移す。
「何をやっているのです、ヴェロニカ! あなたなら戦えるでしょう!?」
どうやら黒曜石が取り除かれたのに気付いていないらしい、と今度はヴェロニカを見る。瞳には先ほどまでとは違い、不満そうな色が宿っていた。
「あら、どうも。よく眠れましたか」
小声で尋ねる。彼女はクッ、と小さく笑って──。
「最高の目覚ましだった。ちっとばかし手加減を誤ったみてえだが?」
弾かれて高く空を飛んでいた斧を手に掴んだヴェロニカが、一歩下がって斧を構える。にやりとして、戦闘続行の意志を示す。
「あれ、せっかく戻ったのに続ける気なんですか。冗談ですよね?」
「そりゃそうさ。殴られた分のお返しが要るだろ?」
「あー。これだから喧嘩上等な人間は困るんですよう……仕方ないなあ」
事態に気付いたシャーリンとセレスタンは、やれやれと呆れた。
「馬鹿なんじゃないのか、あいつらは」
「そう思う。けど、ボクたちでも戦っただろ?」
こんな機会は滅多と無いんだからと言われれば、それもそうだと返す。まともに手合わせしてみたいと思っても、互いに気が引けてしまう。正当な理由なく力をぶつけ合うのは何かが違う気がしていたので、この瞬間は都合が良かったのだ。
「なら邪魔が入らないようにしてやるか」
杖で地面をコン、と戦くと白い輝きがふわっと広がり、あっという間に公爵邸の敷地全体を強力な結界で包む。周囲から人々の集まってくる声が聞こえたのもあり、安全を確保しておかなければ危険だ。ヴェロニカとオフェリアがぶつかり合うのは、まさしく最強の矛と最強の盾が争うようなものだったから。
「こんな姿になっちまったが、悪くはねえな」
ヴェロニカの二の腕に、交差する斧の紋章が煌々と紅く輝く。最大級の破壊力。ただ純粋な強さのみを追い求めた能力。大してオフェリアは叩けば叩くほど磨かれる守護の能力。互いの武器が火花をあげ、触れ合った衝撃ひとつで地面がひび割れる。
しかし、徐々に劣勢はヴェロニカへ傾いていく。一対一の戦いにおいてオフェリアは攻撃を受ければ受けるほど、その防御能力を増していった。そして防御は彼女の身体能力に合わせるように破壊力へ転じた。
「クソッ……。硬すぎだろ、てめえ。斧がボロボロだ」
「でも最初で結構ナックル、ガタガタになりましたけど」
ぜえぜえと肩で息をする。久しぶりの激しい運動に、ヴェロニカは満足そうに斧をがらんと捨てて、その場に座り込んだ。
「終わりだ、終わり! 続けてられっか、疲れちまった!」
大きな声でハッキリそう言ったとき、ようやくノイマンは彼女の洗脳が解けている事を察した。それを信じられないとばかりに「何を武器を捨てているのですか、ヴェロニカ!」と、戦闘の続行を要求するが、喉元に背後から剣を当てられて足を止める。シャーリンがくすくす笑った。
「駄目だなぁ、坊ちゃん。もう君の負けだよ」
「ぐっ……! 詰めが甘かったというわけですか……!」
諦めたふうに項垂れたノイマンは、小さくフッと鼻を鳴らす。
「ですが、全ての可能性を考慮すべきなのは頭にありました」
「……? これ以上に何をするってんだい、首を刎ねるぞ」
脅しでもなんでもない。シャーリンは彼がおかしな行動を取れば確実に殺すつもりでいた。ノイマンもそれは理解していたが、どうせ捕まったところで待っているのは同じ、処刑の末路だ。であれば死のうとも、再び皇都を地獄に陥れようとした。
「邸宅の地下にもたくさんの魔獣を飼っていましてね。疲れ切っているあなた方が、今度はどれほど守れるのか。高みの見物でもさせて頂きましょう!」
邸内に仕掛けて置いた爆発の魔法陣を起爆させ、地下室にいる魔獣たちを解き放つ。疲れ切った彼女たちでは到底止めきれるはずもないと高を括っていたノイマンだったが、ひとつだけ見逃していたことがあった。──ずっと静観して、いざというときに備え続けた男が、今この瞬間に、無表情の涼しい顔をして杖の石突で地面を強く叩く。
次から次へと湧き出る魔獣たちを結界から放たれる雷が駆逐していった。
「それで、どれほど守れるかと問うたんだったか」
セレスタンの冷笑を浮かべてノイマンを見下す。
「お前には想像も出来ない事が俺たちには出来るんだが、差を感じた気分はどうだね? ここから虫一匹さえ逃がす気はないよ、ゴミの掃除が終わるまではな」




