第43話「英雄の真価」
肌をひりつかせる強烈な殺気がヴェロニカから放たれる。ほんの一瞬の隙も許さない。仲間である認識など今の彼女には微塵も感じられなかった。
「仕方ないねえ、まずはボクが行こうか。……時間稼ぎに」
ちらっとセレスタンに視線が送られる。
「ム。そういう事らしいぞ。準備しておこう、オフェリア」
「は~い、じゃあちょっと休ませてもらいますかねえ」
グレイスの牙で深手を負ったオフェリアの肩をセレスタンが治療を始める。その間だけ、シャーリンが相手をしようとしている。
「……理解できません。時間稼ぎなどせずとも、大英雄を全て屠れなければ作った意味もなし! わたくしの作品と、今のあなた方では格が違う」
「それはどうかなあ~。ボク、こう見えて強いんだから」
両手剣を構え、にやりとして呼吸を整える。たとえ片目が見えずとも、培ってきた技術と与えられた幸運が彼女を庇護する盾となる。たかがその程度であっさり負けるようであれば、最初から大英雄などの地位にはいない。
「気を付けて下さいねえ、シャーリン。彼女、足が治ってますよ」
「ハハハ、見れば分かるさ。だけど大丈夫」
睨み合う二人が、一歩を踏んだ。瞬時に互いの間合いで武器を振るって激しく打ち合い、火花を散らせた。どちらも退かず、衝撃が風を切り裂く。大英雄同士の戦いに、ノイマンは興奮した様子を隠せない。
「実に素晴らしい……。しかし、驚きましたね。まさか強くなったはずのヴェロニカを相手に、ここまで戦えるなんて思いませんでしたよ」
「ちょっとー! ボクらの仲間を君が呼び捨てにするなよ!」
苛立つシャーリンに、ノイマンは「彼女は道具ですから」と平気で言い放つ。しかし、余裕ぶってはいるが、彼も内心穏やかではない。強くなったはずのヴェロニカが押しているとはいえ、想定よりも時間が掛かり過ぎている。
「何をしているのです、ヴェロニカ! はやく始末しなさい!」
「いやいや、お坊ちゃん。それは無理だと思うよ~?」
斧とぶつかり合い、距離を取ったシャーリンがふうっと首を振り上げ、汗を飛ばして払う。まっすぐ向いた彼女の、開かないはずの片目が開く。眼球には彼女が持つ両手剣と似た紋章が刻まれ、薄ぼんやりと青白く輝いた。
「ボクたちにはそれぞれ、高い身体能力以外に、絶対的な能力を示す紋章が刻まれてる。これは神からの賜り物らしくて、意識して発揮できるものじゃなくてね。いくら強くなったって、ヴェロニカ本来の力を発揮できないんじゃあ勝ちようがないのさ」
紋章が浮かんだのは、魔獣戦争が起きる少し前の事だ。シャーリンは怪我が原因で片目が完全に開かないが、真価を発揮する戦闘が起きたときだけ、紋章が力を貸してくれる。そのため以前のように戦う事は十分可能だった。
だがヴェロニカは抑制されているうえ、紋章が機能するのは魔獣のような危険極まりない存在と相対した時のみ。強くはなっていても、本気のシャーリンを相手に圧倒的な差を見せつけるには至らない。
「ならば、あなたが言っていた時間稼ぎというのは……!」
「ああ、その通り。確実にヴェロニカに勝つ方法があるんだよ、これが」
単純な破壊力では圧倒的に相手が優位であり、シャーリンの能力は相手の動きを正確に見極める事。受け流すという一点にのみ集中を続け、打ち合いでは負けるとしてもオフェリアの傷を癒す時間は十分なほど稼いでみせた。
「ご苦労だったな、シャーリン。俺たちは見守る事にしようか」
「いやあ、どうも。久しぶりに良い汗掻いたよ」
すっかり元気になったオフェリアが二人の後方で肩の調子を確かめる。痛みはなく、食い千切られた部分は元通りに治っている。いや、むしろ以前よりも調子が良くなっている感覚さえあった。
「いやあ、すみませんねえ。ここからは私が──っと、その前に」
座ったまま動けないジョエルに寄り、両手を肩にぽんと乗せて──。
「ひとつお願いがあるんですけど、大丈夫でしょうか?」
「あ……うん。私に出来ることがあるのならなんでも」
「ありがとうございます。実は、私が真価を発揮するのに必要な事があって」
すっ、と自身の頬を指差す。
「ここにちゅーしてもらえませんか。恥ずかしいと思いますが」
「……わ、わかった。それで君が戦えるんだね?」
「ええ。とても効果的なんです、ぜひお願いします」
恥ずかしさに耐えながら、ジョエルは決心して頬に口づけをする。「これでいいのか?」と彼女が尋ねると、オフェリアはにまあと笑みを浮かべた。
「ま、特に意味はないんですけど元気は出ました!」
「……は? ちょ、ちょっと待て、嘘だったのか!?」
オフェリアはけらけら笑って立ち上がり、ナックルダスターをしっかり嵌め直す。シャーリンとセレスタンを横切り、ぐっと拳を握り締め──。
「じゃあ、お給金分くらいは働いてみせましょうか」
手の甲に重厚な盾の紋章が浮かび、黄金に輝く。
「一騎打ちといこうじゃありませんか、ヴェロニカ。なまくらにされた貴女の強さを思い出させてあげます。──ちょっと痛い思いをしてもらいますけどね」




