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大英雄はメイド様  作者: 智慧砂猫
第一部
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第42話「援軍」

 ノイマンはどうしてもオフェリアを実験素材に欲しがった。どうにかヴェロニカは手に入れたが、彼女だけでは満足ができなかった。そこで、どうにかして取引の材料にジョエル・ミリガンを使うつもりで誘拐を企てていた。


 問題は二人がずっとくっついていて、その隙が全く無かった事。だが、それも状況が一変した。グレイスを救おうとして、二人が離れたのだ。指示を受けていたヴェロニカは、その際に白昼堂々、公爵邸までジョエルを連れて戻ってきた。


「どうです、特別ゲストはお気に召しましたか? おっと、動いてはいけませんよ。もし少しでも妙な行動を取れば、ヴェロニカはすぐに彼女の首を切り裂くでしょう。まさか最愛の家族を失いたくはないはずです」


 計画があまりにも上手くいき、喜びに饒舌が抑えきれない。


「さあさあ、リンデロート卿。どうです、ご自身の大切な家族が目の前で殺されるかもしれないんですから、まずは言うべき事があるでしょう。懇願してみてもらえませんか、自分を実験体に使ってくれ、と言って下されば考えますとも」


 最低の気分。最悪の状況。グレイスに続けてジョエルまで失いたくない。全身が冷たい沼の中に沈んでいくような絶望に襲われて唇を噛む。


 目の合ったジョエルが、気丈な振る舞いで首を横に振った。自分の事は気にするな、と。彼女はたった一人の自分の命と、今後に奪われる多くの命を天秤にかけ、最も軽い方(分かり切った答え)を選ぶよう目配せした。


(それができりゃあ苦労してねえんですよ、お嬢様……!)


 決断できるわけがない。大英雄と持て囃されようとも、ただの一個の人間にすぎず、どう足掻いても感情に左右されてしまう。なにより大切に想ってきた相手が命の危機に晒されている中で、大勢の見ず知らずの人間の命をすぐに選択できるほどの現実主義者ではない。


 これが誇り高いとされてきたアリンジューム家の当主がする事なのか。そう罵ってやりたくなったが、刺激すら許されず、ただ彼女は諦めて膝をつく。


「駄目だ、オフェリア! 君が膝をついたら……」


「お嬢様。すみません、私も人間なんです」


 もしかしたらそうじゃなくなるかもしれないと思いながら。


「どちらかを選べと言われたら、私はお嬢様を選びます。……すみません、期待に裏切るような真似になってしまいますが、どうしたってこんなの──」


 ふと、彼女の傍にひたひたと歩く虫がいる。蜘蛛だ。いつもならそんなものを目に留めたりしないが、不思議と気になった。その蜘蛛の背中には、紋章があった。輝く宝石のはまった杖を象った紋章。


(あれは……なるほどぅ、セレスタンってば気が利きますねえ)


 思わず笑いそうになるのを俯いて隠す。肩が震えた。


「リンデロート卿? どうしたんです、さあ早く。残念ですが、私はいつまでも待てるほど老いてませんので、気は長くありませんよ」


 期待に胸を躍らせるノイマンの言葉に従うふりをする。指を揃え、土下座をして、彼が望むような言葉を並べ立てて──。


「……ええ。どうかお嬢様を救っていただく代わりに、私を道具としてお使いください……なんていうわけねえでしょうが、このド畜生野郎」


 瞬間、床を這っていた小さな指先ほどの蜘蛛が光り輝いた。誰もが目を眩ませてしまうほどの強烈さに、ノイマンが狼狽えた。


「く、何事です!? もういい、ヴェロニカ!」


 始末するよう指示を送ろうとして気付く。彼女の傍にジョエルがおらず、オフェリアの姿もない。非常事態に対してヴェロニカはノイマンの傍へ移った。


「やれやれ、間に合ったようで何よりだ。まったくお前は無茶をする」


「すみませえん。助かりました、セレスタン」


 セレスタンが肩の埃を払いながらため息をつく。オフェリアにジョエルを任せ、彼は大きな宝石の嵌った杖を手に握った。


「高くつくぞ、リンデロート。なにしろ──援軍はもう一人いる」


 地下がぐらぐらと揺れ、天井に罅が入って崩落した。セレスタンが生き埋めにならないようにと瓦礫を空に向かって弾き飛ばすと、広がった青空から一人の騎士が降って来る。やや派手めの甲冑をきらっと陽光に輝かせ──。


「やっとボクの出番か、セレスタン? 退屈すぎてあくびが出るよ」


 微動だにせず表情の変化もない人形のようなヴェロニカを見て、シャーリンが冷たく目を細めながら、ちっ、と舌打ちする。


「ボクには抱かせないくせして、あんな得体の知れない男には身体を許したって言うのか? 少し灸を据えてやらないと、この昂りが収まりそうにない」


 大英雄揃い踏みの光景にノイマンが恍惚の表情を浮かべた。一人ずつ捕えるつもりだったが、手間が省けたと喜ぶ。ヴェロニカの戦闘実験も他の魔獣では満足な結果が得られておらず、彼にとって最高の好機だ。


「いい、実に良い。魔狼ヴェロニカの性能実験を始めるとしましょう。良い結果を期待させていただきますよ、皆様」


 彼がぱちんと指を鳴らすと、ぼんやりとした光の中から斧が現れ、ヴェロニカが手に取って構えた。


「さあ始めましょう、わたくしの研究の完成は間近だ」

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