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大英雄はメイド様  作者: 智慧砂猫
第一部

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第39話「誕生日」

『急ぎ過ぎるなよ、オフェリア』


 忠告だけを耳に入れて、オフェリアは一気に走りだす。公爵邸の正門まで戻ってきて、彼女は門番の何しに戻ってきたのかという問いに答えず、そのまま立ち尽くして目を瞑って神経を研ぎ澄ませる。彼女の感知能力は非常に優れており、狭い範囲であればセレスタンよりも、ずっと効果的に周囲の状況を把握できた。


「すみませんが、門を開けて頂きます」


「ちょ、ちょっと。困るよ、勝手な事をされちゃあ──」


 そこで門番の意識は途切れた。オフェリアが瞬時に気絶させ、公爵邸の門を強引に開け放つ。問題が起きたと何人かがやってきたが、それも彼女にとって数ではない。瞬きをするより速く制圧して向かった先は────。


(前庭からすこし逸れた花壇の傍。大きな木があるけど、カモフラージュだ。魔法で細工して、他の人間には見えていないだけで、きちんと扉が付いてる)


 魔獣の襲撃以降、念のため携帯しておいたナックルダスターを手に嵌めて、軽く拳を振るう。大木は張られていた結界と共に、その身をばらばらに砕け散らせた。


「階段みーっけ。……なんだろう、すごく嫌な臭いがする」


 地下へと続く階段。その一歩を踏み出そうとしたとき。


『やめろ、オフェリア。俺の到着を待つんだ』


 小鳥が再び彼女の肩に留ろうとしたが、手でシッシッと追い払われる。


「そんなことをしてたらグレイス嬢が危険でしょう」


 はやく助けてあげたい一心で踏み込む。小鳥はそれ以上を追ったりはせず、階段にちょんと降り立ち、呆れたように離れていく背中を見つめた。


『もう手遅れだ、その娘は』


 彼の言葉は届かなかった。いや、意図的に届けようとしなかった。はっきり伝える事がどうしても憚られた。怒らせてしまうのが分かっていたから。


 オフェリアは結局、そのまま突き進んでいった。湿った空気が渦巻く地下への階段を終えた次は、壁の頼りない幾つも並んだ篝火の続く廊下。鼻腔を突く嫌な臭いに鼻をつまみたくなるのを堪えながら、表情は暗くなっていく。


(──私は、この臭いをよく知っている。全身を沈めるほどの血の臭い。つい最近にも思い出させられた、最低な気分が蘇ってきた……。吐き気がしてくる)


 一枚の錆びだらけの鉄扉に突き当たり、足が止まった。


 隙間から流れてくる血の臭いに、嫌な予感が今まで以上に全身を貫く。


「……ビビってる場合じゃないですよねえ」


 意を決して扉を開ける。ぎいい、と軋む音がした。


 飛び込んできた光景に、言葉が出てこない。大広間のような部屋。部屋も、床も、渇いた血に塗れた場所。その中央に立っていた男が、振り返って微笑んだ。


「これはこれは、リンデロート卿。こんな場所まで、わたくしに会いに来てくださるとは光栄だ。こちらから伺うつもりだったのですが」


「ノイマン。あなた、ここで一体何を?」


 近づこうとした瞬間、足に何かがこつんと当たって視線を落とす。


「黒曜石? それも大量に……なぜこれほどの数が」


「当然です。大切な実験道具ですからね、殆どが使用済みですが」


 ノイマンはニコニコしながらステッキで床をとんと叩く。


「ここでの実験が表に出れば少々面倒なので、立派に隠していたつもりなんですよ。でもこんなにあっさり気付かれてしまうとは。神に選ばれた能力を持つ大英雄は、やはり一味違う。わたくしの妹とは大違いだ」


 蔑むような冷たい目。オフェリアが睨んで返す。


「自分の妹を、そうまで馬鹿に出来るものなんですね。あなたという人間を誤解してましたよお、ノイマン。……ほんっとに反吐が出る男ですねえ」


 臨戦態勢の構えを取り、呼吸を整える。ノイマンが何を仕掛けてきても、確実に躱して一撃を叩き込めるように。


「ハハ、中々に手厳しい。ですがアリンジューム家では、魔力を殆ど持たず才能もない役立たずを褒めそやす文化などありませんので」


「ではなぜ彼女を庇って来たのです? なんの意味もなく?」


 彼は首を横に振り、肩を竦めた。


「そうではないのですよ、リンデロート卿。どんな人間にも使い道はあるという話です。ただ用途が様々なだけで、彼女はアリンジューム家の人間として生きるには、あまりに無理がありましたが、それ以外で十分貢献できる道はあるのです」


 ぱちんと指を鳴らす。薄暗い部屋の中をずるずると何かが這いずり、ノイマンの傍で止まった。見目には巨大な蛇だが、それは下半身だけで、頭部があるはずの場所には人間の上半身がある。白んだ肌は血の気がなく、だらんと前に垂れた長い白金の髪に、豊かな膨らんだ胸で女性だと分かった。


「……なん、ですか、その生き物は?」


「見事でしょう。蛇の魔獣と人間を合成したんです」


 はっきりとした意識がないのか、怪物は「あ、うあ……」と小さなうめき声をあげながら体を僅かにふらふらと揺らしている。ノイマンはそれをひとつの作品だと言い、とても愛おしそうに見つめた。


「ちょうど実験を終えて、試す相手が欲しかったところでして。リンデロート卿、ぜひ付き合ってあげていただけますよね? この子も遊び相手が欲しくて仕方ないようなのです。──わたくしの妹、グレイスのせっかくの誕生日なんですから」

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