第37話「アリンジューム公爵家」
結局、セレスタンの言う事を否定はできなかった。彼以上に人探しで適任だと言える人材は、この世界のどこを探してもいない。たとえば小さな木の実に名前を書いて森のどこかへ放り投げたとしても、彼は確実に見つけてくる。
だから頼まれたのなら、仕事は請け負うしかない。彼がそうしてほしいと言う以上は絶対に必要なのだ。忙しいときは無駄を省きたがり、時間が掛かるのを嫌う。だったら手伝ってやるのが最善だ。たとえ嫌な事であっても。
そうして我慢しなくてはと言い聞かせ、夕刻には支度をしてアリンジューム公爵家の門前で引きつった笑みを浮かべながら門番に取り次ぎを頼んだ。
「大丈夫かい、オフェリア。手汗、凄いけど」
公爵家へ訪問するのなら自分も一緒にいたほうが楽だろう、とジョエルが念のため一緒に来てくれたおかげで、幾分か胸の中にあった気持ちの悪さはマシだった。「大丈夫ですう、なんか嫌なだけで」といっそう強く手を握った。
門が開いたのは、それから数分してだ。迎えに現れたのはノイマンではなく、妹のグレイス・アリンジューム。兄とは違い、白金の髪は短く切り揃えられており、ツンとした態度を崩さない強気な令嬢といった雰囲気が強い。
「ごきげんよう、アルメリア伯爵。それからオフェリア様も」
ジョエルが軽い握手を交わし、続けてオフェリアもスカートの裾を持ち上げて丁寧に挨拶した。グレイスはじろじろとジョエルを見つめる。
「うわさの伯爵様がどんな方かと気になっていましたけれど、とてもお若いんですのね。可愛らしい方で驚きました。優秀さが目に映るようですわ」
「ありがとうございます。グレイス様も大変お美しく……」
社交辞令的な言葉のつもりだったが、ジョエルのまっすぐな瞳に真剣さを感じたグレイスは少し照れくさそうに、持っていた扇子で口もとを隠す。
「挨拶も程々に致しましょう。お話がしたいと聞いていますわ、続きは応接室でさせてもらえるとありがたいのですけれど」
伯爵邸とは違い、アリンジューム公爵家の敷地の大きさは倍ほどある。自慢の前庭を歩いて、グレイスは彼女たちに誇らしげな庭を見せた。特にジョエルはあまり外に出た事がないと聞いたので、もしかしたら気に入るかもと気を遣ったのだ。
実際、かなりの美しさに彼女は目を奪われて、ぽかんと口を開けてしまうほど魅了されている。小さな声で「とても綺麗だね」とオフェリアに話しているのを小耳に聞くと、嬉しそうにふふんと鼻を鳴らした。
応接室に入ってからも、庭園の話題は続く。ジョエルが自分でも庭の手入れをしてみたいと言い出したのだ。庭師の仕事を貴族がするなど、とても信じられない話だとグレイスは可笑しくなって「それはいけませんわ。彼らの仕事を奪ったら悲しみます」と言って宥めた。彼らの神聖な領域に踏み込むのは失礼だ、と。
「そうですよお、お嬢様。彼らの仕事は彼らに任せておけば良いという話ではなくて、彼らの仕事は彼らに任せておいてあげるんです。生きていかなければならないのに、湯水のごとくお金が湧いて出るわけではありませんからねえ」
それもそうか、と反省した様子でジョエルは出された紅茶に口をつけ、小さなため息をついて「すまない、あまりに世間知らずだった」と返したので、グレイスが慌てて「そんなことありませんわよ、考え方はとても立派です!」と必死になった。
話を切り替えるように、オフェリアもこほんと咳払いをする。
「ところで色々と聞きたい事はあるんですけどお、今日はノイマンはいらっしゃらないんですか? 彼に話を聞くようにセレスタンに言われたんですが」
内心、このままずっと不在だったらいいのにと思ったが、そんな事はおくびにも出さない。グレイスに適当に話を聞いて済ませるつもりだった。
「う~ん、そうなんですのよ。以前までは書斎で熱心に古代魔法の研究をされていらっしゃいましたけれど、実はここ最近は興味でも失ったみたいに、よく出掛けられるんですの。どちらへ行かれてるのか、尋ねても何も仰って下さらないし」
不思議そうに首を傾げる。オフェリアは、彼女が本当に何も知らないのだろうと思い、「そうですか。ではまたの機会ですねえ」とあっさり引き下がり、そのあとはどこにでもある世間話をしながら過ごす。
だが、彼女の頭の中はノイマンの動向でいっぱいだった。
(ふうむ、なんだか嫌な予感がしますねえ。こんなときってよく当たるから、あんまり関わりたくないんですけど、今回は逃げられない気がしますう……)
ずっと引っ掛かっていた事の全てが繋がっているのではないか。そんな不穏な考えが頭をよぎり、なんの確証もないだろうと振り払った。
日が暮れて、そろそろ帰らねばロイナも心配するからと二人は帰路に就く。グレイスの見送りもあり、新しい友達が出来たと喜ぶジョエルを見て嬉しくなる。
「良かったですねえ、お嬢様。グレイス嬢は、あんな見た目とか態度でよく誤解されますけど、本当は優しい方なので、仲良くしてあげて下さいね」
「もちろん。さっき帰り際に、お茶会にも誘われたんだ」
約束は三日後で、今から楽しみで仕方がないと言った雰囲気に、オフェリアも「素晴らしいですねえ」とうんうん頷いた。これから少しずつ友達が増えて行けば、少し遅くはあったが、年頃の少女らしい日常に代わっていくだろう、と。
「ふふ。じゃあ何か、グレイス嬢にお土産を探しませんとねえ」
 




