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大英雄はメイド様  作者: 智慧砂猫
第一部
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第34話「運命共同体」

 ローブの埃を払ったセレスタンが、ちらっとオフェリアを見た。


「お前は本当に世話の焼ける……。仕事はこれからだというのに」


「いいじゃねえかよ、大事なモンは見つかったんだからよ」


 ヴェロニカに肘で小突かれて、彼は不愉快そうな顔をする。


「だがもはや隠し通せるものではないぞ。……どうやら、連中、俺たちに完全に的を絞ったらしい。見ろ、大通りから(なだ)れこんでくる群れを」


「ボクたち三人でも良いかなと思ったけど、随分とデカいのもいるね。これは手を焼く相手かもしれない。……やはり大英雄は四人揃っていないと」


 魔獣は小型のものを先頭に、徐々に大きな者たちが群れを成して、今にも得物を喰らわんとする勢いで迫っている。そんな状況下で背中にちくちくと言葉を刺されては、さすがにオフェリアも黙っていられず、不服そうに立ち上がった。


「あ~、はいはい。わっかりましたよう、どうせそのうち話すつもりだったんですもの。協力しますってば、当然ね! 本当にめんどくさいなァ!」


 いつかは話すべきだと頭で分かっていた。その時期を勝手に自分が決められると思い込んでいただけのことだ。それが少しは早まったくらいでなんだと言うのか。自分の不甲斐なさに呆れて笑ってしまう、とオフェリアはジョエルを見つめて──。


「ちょお~っとだけ、待っててくださいね。すぐ片付けますから」


「そうか。……全部終わったら聞かせてくれる? 今度こそ、君の話を」


 背を向けたオフェリアは、ぐっと親指を立てた。


「お約束します。だって、オフェリアはあなたのメイドですから!」


 久しぶりに四人並んで立ち、迫って来る魔獣を前に、それぞれが自分たちに与えられた身分証の硬貨を取り出して、すっと親指の上に乗せた。


「いやあ、こういうの憧れてたんだよねえ、ボク」


「俺は興味ないが、まあ、悪くはない」


「アタシは好きだぜ。一体感が出るからな」


「はいはい、そーですね。私はなんでもいいですう」


 すうっと息を吸う。揃って指で空に弾く。くるくる回った四枚の硬貨は、魔獣たちが間近に迫ると同時に地面を跳ねて軽快な音を立てて転がった。


「いよっしゃあ、突っ込め! 誰が一番狩るか勝負しようぜ!」


「アハハ。片足ないくせに偉そうな事を言うね、君は」


「んだとコルァ! てめえだって片目ないくせしやがって!」


 先陣を切って大暴れするヴェロニカとシャーリンは、数秒もあれば次々と狩っていく。後方から魔法で支援をするセレスタンが「また下らん話をしているな」と一蹴してため息をついた。一方、オフェリアは「量より質だと思うんですけど~」とくすくす笑いながら、群れの中でも特に大きな魔獣に狙いをつける。


 圧倒的な強さ。ジョエルには目の前の光景が信じられないと同時に、胸が躍った。本にだけ纏められるような英雄譚を、誰もが見たことのない勇姿を、誰よりも近い場所で見られる。夢でも見ている気分にさせられた。


 数百はいたであろう魔獣たちも、今や一匹も生き残っていない。たった数分にも満たない時間で、四人は見事に倒しきってみせた。


「おやおや、ヴェロニカ。君は随分疲れていやしないか?」


「うるせえっての! それでも数はアタシが一番多かった!」


「そうかな。ボクにはオフェリアが一番に見えたけど」


 ヴェロニカが不服そうに舌打ちをする。


「んだよ、自分の女に良いとこ見せたかったって話か。他人のノロケってのはムカツクなあ。今回ばかりは譲らなきゃ仕方ねえけどよお」


「アハハ、じゃあ今からでもボクに抱かれてみる気とかない?」


 中指を立てられて、シャーリンはからから笑った。


「冷たい。セレスタ~ン、彼女がボクのこと虐めるんだ」


「俺に振るな。それよりもそろそろ撤退だ。人目につきたくない」


 魔獣たちが完全に死んで、隠れていた人々の声が徐々に聞こえ始める。後処理は皇帝バルテロの仕事になるだろう、とセレスタンは目立つ前に立ち去ろうとした。シャーリンもヴェロニカも同じだ。これ以上の長居で印象に残りたくはなかった。


「オフェリア、君はどうする?」


「私はお嬢様と一緒にいます。言い訳くらいできますしい」


「じゃあ決まりだね。ボクたちは先に帰るとするよ」


 事態が収まって、セレスタンとヴェロニカは「疲れた」といち早く姿を消す。最後に残ったシャーリンは、オフェリアの肩をポンと叩いた。


「もう死のうなんて気は起きなくなったみたいでなにより。……君のおかげでボクたちも気楽に戦えたよ、ありがとう。また会えるといいね」


 風のようにふわっと気配ごと遠くへ消えていったシャーリンに、「礼を言うのはこちらですよう」と照れくさそうに呟く。生きていれば良い事があるなんて都合の良い言葉は信じていないが、それでもときどき、幸運というのは訪れるものだ。


 たとえ大きくても小さくても、関係なんてなかった。


「……オフェリア。すまない、また君に助けられた」


「ぬふふ~、いいんですよう。最初に言ったじゃないですか」


 ジョエルのすぐ隣に座って壁にもたれ、ふうっと息をつく。


「私たちは運命共同体。何があっても決してメイドをやめたりしませんから、これからもよろしくお願いしますねえ、お嬢様」

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