第33話「頼もしい仲間」
オフェリアが敷地の外へ出ようとしたとき、伯爵邸に向かってくる大勢の人々の姿を見つけた。皇都に暮らす人々が安置を求めて伯爵邸までやってきたのだ。その先頭に立っているのは、彼女もよく知る人物だった。
「──カミヤのお爺さん!」
憲兵隊の隊長カミヤと、その傍には補佐としてベルモアがいる。二人共無事ではあったが、ベルモアは脇腹を真っ赤に染めて、辛そうに押さえていた。
「おお~、これはリンデロート殿……! それに加えてヴァイオレット殿まで。この状況で、なんと頼もしいことであろうか」
「下らない挨拶は要りませんよう。ベルモアちゃんは?」
冷や汗を滲ませているが、しかし顔は青くない。
「お久しぶりにございます、オフェリア様。見ての通り、怪我はしていますが深くはありません。少々大げさに血が流れているだけです。しかし重傷者や、既に動けなくなった者も多く……すみません、我々の力及ばず、このありさまです」
「まあまあ、気にしないで。こんな状況では仕方ないですから」
いかに鍛えられた憲兵隊といえど、魔獣の相手は相当厳しいものがある。五年前にも、大勢の騎士たちが犠牲になっているのだ。彼らとて例外ではなく、むしろよく生きて伯爵邸へ辿り着いてくれたと喜びさえ感じた。
「それより君たち。ボクは少し気になるんだが、どうやってここへ辿り着いた? 護衛対象を連れながら魔獣たちを追い払ってここへやってくるのは、言い方は悪くなってしまうけれど君たち程度では無理だったと思うんだが」
長く騎士や兵士の頂点として育成に力を注いできたシャーリンだからこそ分かる。彼らには、たとえ馬より小さな魔獣であっても、俊敏な動きに対応できるほどの戦力ではない。憲兵隊も優秀とはいえ、騎士たちと比べればお子様も同然だ。それが民を守りながら戻って来れるのか? 鋭い視線に、ベルモアが恐る恐る答えた。
「それが……我々憲兵隊もほとんどが魔獣に屈して命を落としました。ここにいる方々を守ろうとして、何人も。ですが途中で、誰とも分からない少女がやってきて、魔獣の気を引き付けてくれたんです。どうも魔獣たちは獲物よりも優先して敵意を持つ相手に敏感に反応するようで、どの魔獣も少女を追いかけて……」
話の途中でオフェリアが拳を鼻先ぎりぎりに詰めて睨む。
「んなこたぁどうでもいいんですよ。その子、どこへ向かったんです?」
「に、西です! 西の、噴水広場をご存知ですか。あの場所なら円形になっているので、魔獣たちをひきつけて時間を稼ぐのには十分かと……!」
情報が得られたら、オフェリアは礼も言わずに走りだす。
「悪いね、レディ。どうしても今の彼女には余裕がなくて。君たちは伯爵邸へ向かいたまえ、その少女を救うのはボクたちの役目だからね」
ベルモアに軽くウインクをして、疾風の如く駆け抜け、シャーリンはオフェリアに瞬く間に追いつく。背後から迫り、すっと彼女の身体を抱きかかえ、飛び跳ねて屋根の上を移りながら西の噴水広場を目指した。
「もう、いきなりなんなんですか? 驚きましたよお!」
「だってボクのほうが足が速いし。それに、良い移動手段がある」
いったん屋根の上で立ち止まり、ぐぐっ、と腰を深く落として──。
「──理解したまえよ、オフェリア」
思いっきりぶん投げられる。一瞬、思考が追い付かなかった。
「ええっ!? ちょ、ちょっと! なんのつもりですか──ッ!?」
砲弾じゃあるまいし、どんな勢いで投げてくれてるんだと悪態をつきたくなる。身を翻して着地しようとした瞬間──オフェリアは本能で察した。
別の建物の上で、そのときを待ちわびていたかの如く三日月斧を平たく構えて足場の代わりにするヴェロニカを見たのだ。彼女が斧に乗っかり、ヴェロニカはニヤっとして「行き先はどっちだい、お嬢ちゃん?」としっかり握りしめる。
「なんで分かるんですか、あなたたちは?」
「クハハ! そりゃあ、あの鳥がいるからよ!」
空を旋回する小さな黒い影。セレスタンが使役する鳥だ。彼が司令塔となり、常に仲間の位置を把握、必要に応じて魔法で個々へ伝達していた。
「じゃ、西の噴水広場までお願いしますう」
「おっけー、任せな! 行ってこい、オフェリア!」
斧を振って投げ飛ばす。シャーリンよりも遥かに勢いが強く、相変わらずの怪力ぶりにくすっと笑いが零れた。本当に誰にも頭が上がらない。こんなにも頼れる人たちが自分の仲間で良かった、と心の底から敬意を抱く。
噴水広場には無数の魔獣たちが集まっている。オフェリアが勢いよく着地して、一瞬の轟音が魔獣たちの視線を集めた。
「おっと、目立ち過ぎましたかねえ? まあ大した相手じゃないですけど」
彼女はちっとも魔獣に興味を示さない。襲い来るのなら迎え撃ち、たった一撃で確実に息の根を止める。触れただけで、その身体を飛び散らせた。
「ったく。こんなの相手にしてる場合じゃないんですけど」
立ちふさがった魔獣を蹴り飛ばし、道を強引に開ける。その先で、背筋が凍り付くものを見た。伯爵邸で大切に飼っていた牡馬が、身体を食い千切られて無惨な姿で倒れている。今しがた、魔獣たちが餌にしようと奪い合っていたのだ。
「テミール号……! じゃあ、お嬢様は……!?」
慌てたが、すぐに見つかった。壁にもたれかかり、頭から血を流している姿で。襲われた拍子に馬から投げ出されて全身を強く打ち付け、立ち上がるのもままならない初めての痛みに耐えるので精いっぱいだった。
奇跡的にも魔獣たちは餌となる馬が大きかったので、先に自分のものだと主張するように喧嘩を始めたために、ジョエルは襲われずに済んでいた。
「お嬢様! 大丈夫ですか、意識はありますか!?」
魔獣たちには目もくれず、即座に駆け寄って生きているかを確かめる。呼吸は浅く繰り返されているが、彼女は健在だった。
「だ、大丈夫だ。それよりどうして君がここに?」
「憲兵隊の方から行き先を聞いたんです」
「そうか……。でも、すまない。私のせいで君まで、魔獣に……」
魔獣の数は多く、生き残るのは絶望的だとジョエルは思った。
「わ、私はもう怪我をして逃げ切るのは無理だ。馬もいないし……だけど、君だけならどうにかなる。早く行ってくれ、君に死なれたら……!」
「大丈夫ですよう、お嬢様。指一本触れられるもんですか」
襲い掛かろうとした魔獣たちは、途端に肉塊へと変わった。それぞれが切り裂かれ、焼け焦げ、ありとあらゆる手段で絶命していく。噴水広場に集められた魔獣の数十にも達する群れは、たった数秒で全滅した。
「──私には、頼もし~い仲間がいるのでえ」




