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大英雄はメイド様  作者: 智慧砂猫
第一部
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第28話「早めの到着」

──ふと、思う。もう話してしまうべきなんじゃないか。


 たった五年。されど五年。そのあいだに関わった人間の全てが、オフェリアにとって友人と呼ぶには程遠い。男も女も区分なく、誰もが富や名声を望んだ。『良い人紹介してよ』などといった言葉が、彼女は大嫌いだった。


 きっとこの人たちは、自分の本当の姿を知ったら、さぞや嬉しそうな顔をするんだろうな。そんな想いが拭えない。相手が貴族でも平民でも、欲しがる物は誰もが同じでうんざりする。本当の理解者など同じ立場の者以外にありえない、と。


 だが、彼女の中に期待が芽生えた。ジョエル・ミリガンなら、きっと話しても関係が崩れたりしないかもしれない。ただの友人として傍にいてくれるんじゃないか。他の仲間に対する彼女の振る舞いを見ても、特に憧れたりする様子は見られない。ただ払うべき敬意を払っている。そんな雰囲気だった。


「お嬢様って本当に優しいんですねえ。羨ましくなります」


 表裏のない彼女と違って、自分はいつだって何かを疑って生きてきた。それがこんなにも無様に思えてくるとは。オフェリアは少し悲しくなった。


「ふふ、そう言ってもらえて光栄だ。ところで……」


 ジョエルが疑り深い目を向けたのは、魔獣の死骸だ。


「あれはそのままでいいのかな。運べるとは思えないけど」


「そうですねえ。別にいいんじゃないですか、困るわけでもないし」


 調べるべき事はない。既に頭部をヴェロニカから見せられているので、いまさら触れても、と興味が失せている。今大事なのは、夕食に出せるだけの魚を釣って、家で待っているロイナに喜んでもらうことだ。


「それならボクが片付けておいてやろうか」


 ジョエルどころか、オフェリアもどきっとして身を跳ねさせた。なんの気配もなく、背後から声を掛けられたうえ、オフェリアにいたっては頬を優しく撫でられたのだから、驚かないほうが無理がある。


「やめてくれますう? 私に許可なく触っていいのはお嬢様だけなんで」


「おっと、怖い怖い。やめてくれたまえよ、喧嘩はしたくない」


 ニコニコと爽やかな笑みを浮かべる女が両手をあげて降参を示す。


「非常識ではないですか、いきなり。あなたは誰です? もしかして……」


 ジョエルに睨まれて、女はくすくすと笑う。


「失敬。あまりに可愛いレディが二人もいたもので、つい悪戯したくなったのさ。ボクはシャーリン・ヴァイオレット。セレスタンから聞いていないかな」


 腰まである黒髪を一本に束ね、前髪をさらっと手で梳いて微笑む。中性的で整った顔立ちに、高い身長を持ち、すらりとした美しい線を描く体型を自慢するように誇らしげな姿勢を取っている。ひとつだけ、もしひとつでもケチをつけようとするのなら、彼女の顔についた大きな爪痕が、片目を開かせない事だ。


「予定よりも早く着いてね。せっかくだから驚かせようと思って」


 外は日が暮れるよりも少し前。陽がやっと落ち始めようかという頃だ。本来なら暗くなってから到着するはずだったのだが、久しぶりに仲間が集まれるとあって、思わず嬉しくなって急いでしまった。


「会えて嬉しいよ、オフェリア。そのメイド服も似合ってるね」


「ま~たそんな事言って。恥ずかしくならないんですか?」


「相変わらずボクにはツンツンしてるね。それも良い、最高だよ」


 何を言っても効く様子のないシャーリンは、いつでもきらきらと星のように輝いているようだった。それがジョエルは少し苦手に思いながら、オフェリアのスカートの裾をきゅっとつまんで傍に小さく寄った。


「大丈夫ですよ~、お嬢様。この方、ちょっと鬱陶しいところもありますけど、本当は心底真面目で優しい方なので。……ちょっと鬱陶しいところもありますけど」


「待ちたまえ、何で二回言った? ボクそんなに鬱陶しいかな?」


 ふう、とひと呼吸して落ち着き、シャーリンもとぼけるのはやめにして魔獣の死骸へ視線を移す。


「それにしても随分とデカいのを仕留めたね。皇都周辺で魔獣が出たってセレスタンから聞いてはいたけど、こっちにまで現れたのかい?」


「ええ。それで招待状を配って回ってたんですよう」


 懐から取り出した手紙を渡され、シャーリンは渋い顔をする。


「……まったく。魔獣討伐が終わって五年もあったのに、彼らは万が一の事態に備えのひとつもしていなかったのか? 元騎士団長としては恥ずかしい限りだ」


 手紙をびりびりに破いて捨てて、ちっ、と舌打ちした。さきほどまでの気さくな雰囲気とは打って変わって、表情は厳しさが漂っていた。


「よろしい、ボクも議会には顔を出そう。今や片目の見えない騎士くずれではあるけども、多少の役には立てると思う。……で、ヴェロニカは?」


「あ、実はそれがですねえ……」


 事情を聞くなり、ひどく驚いた顔をする。同時に、なんの連絡も寄越さなかったセレスタンに腹を立てた。なにしろ彼だけは誰がどこにいても──たとえ居場所が分からないうえに息を潜めて隠れられていたとしても──確実に見つけられるだけの能力を持っている。事情などすぐに伝えられたはずだと憤慨した。


「気に入らない話だけど、この苛立ちはセレスタンにぶつける事にしよう。とりあえず、今はヴェロニカのところへ案内してくれ」

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