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大英雄はメイド様  作者: 智慧砂猫
第一部

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第27話「どんな君でも」

 初めての海。初めての釣り。興味を示さないわけがない。目をきらきらと輝かせて期待に胸を躍らせた。だがロイナは「私は遠慮しておくわ」と苦笑いをした。昔から生きた魚を触るのが大の苦手だったし、針に餌をつけるのも気持ち悪くて嫌だった。


「二人で行ってきてちょうだい。私はヴェロニカさんの様子を見ておくわ。ほら、もし何か起きたら、誰かが呼びに行かないといけないでしょ?」


「ふむう……それもそうですねえ。じゃあ、お言葉に甘えて」


 ロイナも一緒でないのは少し残念だったが、ジョエルが喜んでくれると思うと張り切った。ヴェロニカの家の中には、銛や網などもあったが、ときどき使うのだろう釣り竿が何本も置いてある。適当に見繕って、二人で砂浜へ再び出かけた。


「餌は何を使うんだ?」


「このあたりだと蟹とかゴカイですかねえ」


「蟹は分かるが……ゴカイというのは?」


「魚の餌に使うウネウネしたキモい奴です」


 きょろきょろと砂浜を見る。本来なら探すのも面倒なのだが、ヴェロニカが釣りをするという事はどこかに保存しているはずだ。家の中には見当たらなかったので、砂浜のどこかに置いてあるのではないかと探した。


「あ。あれ、あっちにある箱じゃないですかねえ」


「……箱? ああ、あの大きな木箱?」


 少し離れた場所に塗装のされた灰色の木箱がある。オフェリアが箱を開けに行ってみると、中にはさらに小さな箱がいくつもあり、それぞれに同じ謎の文字が刻まれていて、セレスタンが扱う特別な呪文だと分かる。


「なるほどお、これで保存してるわけですねえ……。どれ、どうせちょっとくらい開けたって怒ったりはしないでしょうから、中身を確かめちゃいましょ」


 箱を開けた瞬間現れた蠢く姿にジョエルの顔が青ざめる。


「こっ、これを餌にするって、針にこれを?」


「二回聞いても同じですよお。これを針に刺すんです」


「むっ……無理! 無理だ、私にはできない!」


「できますよお。意外と慣れると平気になりますから」


 ひょいと一匹つまみあげると、ジョエルは全身が毛羽立った。慌てて後退りして、絶対に嫌だと離れていってしまった。


「ふむう……。これくらい触れなくてどうするんですか、仕方ありませんねえ。今回は私がつけてあげますから、釣り竿を握るだけで構いませんよ」


 嫌がるものを無理に触らせようとするのも酷だ。嫌なものは嫌なのだから、徐々に慣れさせていく方法を考えよう、と今回は諦めた。


 オフェリアが準備を終わらせて、釣り竿を振って、餌が沈んでからジョエルに「しっかり握っていてくださいねえ」と優しく肩を叩く。ぼーっとしていれば簡単に釣り上げられるわけでもなく、忍耐力がそれなりに必要だ。


 のんびり考え事をするには悪くはなかったが。


「釣れませんねえ。(きす)くらいは釣れると思ったのですが、こういうのはヴェロニカのほうが上手くやるんでしょうね。私には不向きかもですう」


 釣り竿を握りながら、くあっ、と大きくあくびをする。


「君はヴェロニカさんと仲が良さそうだったが、釣りも一緒に?」


「いいえ~。私とあの方では趣味が全然違いますし」


 実を言えばオフェリアはあまり外出するのが好きではなかった。時間があればベッドでごろごろしていたい。怠惰で、緩やかな生活が望みだ。特に刺激的な事は必要としないし、興味が湧いたら手を出すくらいのいい加減さをして、それなりの自由を謳歌していた。それで十分だったから。


「……ヴェロニカやセレスタンとは五年も顔を合わせていませんし、友人と呼ぶには付き合いもかなり浅いんですよ。本当に、ちょっと一緒に仕事をしただけで。なのに、皆さん、ああやって私の事を心配してくれるんです」


 魔獣戦争における四人の活躍は目覚ましいものだったが、連携と呼ぶには程遠い。ただ強すぎて周囲にはそう見えたにすぎず、実際に彼女たちが知り合ったのは、魔獣が押し寄せてくる、ほんの数日前だった。


「五年前か。ちょうど魔獣戦争が終結したとき以来なんだな」


「うっ。まあ、そうですねえ、一番落ち着いた時期ですしい……?」


「あれ? でも変だな。君がメイドになった理由って」


 ぎくりとした。以前、なんとなくメイド服が着てみたくて応募したのだと言う話をジョエルにした事があった、と慌てて取り繕う。


「いやあ、忘れちゃいましたねえ。伯爵家で働くと良い事あるかも~って思ったからかもしれません! あは、あはは! ほら、そんなことより魚が釣れました。見て下さい、りっぱな鱚です。これ、衣をつけて揚げて塩で頂くと美味しいんですよ!」


 しっかり針に食いついた魚を外して、水をためた箱に放り込む。


「あと何匹か釣って帰りましょう。きっと奥様も喜びます」


「そうしよう。……ねえ、オフェリア」


「あっ、はい。なんでしょう、私の顔に何かついてますか?」


 ジョエルは優しく微笑んだ。ずっとこの先も、今の夢のような時間がずっと続いてくれて、何も起きないまま平和に過ごせれば幸せだなと思いながら。


「私は、どんな君でも嫌いになったりしないよ」

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