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大英雄はメイド様  作者: 智慧砂猫
第一部
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第26話「何をすべきか」

 症状は徐々に進行した。動けば動くほど、彼女の無理が利く時間は減っていく。配達業務をしているのは身体が鈍ったりしないためであって、症状の進行に大きな影響はないとセレスタンが判断したからだ。


 余計な心配を掛けたくないという理由で、ヴェロニカはずっと誰にも言わず、無理のない生き方を選んだ。たとえ求めた人生と違っても死ぬよりはマシだった。


「……すみません。私のせいですよねえ」


「気にすることはない。助け合うのが仲間なのだから」


 暗い表情をするオフェリアに、優しく微笑みかける。


「そんな顔をされていたほうが気まずい。ヴェロニカだって、お前が明るく振舞ってくれているほうが喜んでくれるはずだ。笑っていろ、お前には似合わん」


「あれ、もしかして口説いちゃったりしてますう?」


 帰って来た言葉に、セレスタンは無表情を貫く。


「肉体の疲労はこれでマシになったはずだ。あとは薬だな」


「無視ですか、そうですか。別にいいんですけどお……」


 薬を持って戻ってきたジョエルたちに礼を言って、セレスタンは意識が朦朧としているヴェロニカに薬を飲ませる。彼女が静かになって眠ると家の寝室へ運んで休ませ、全員を「話がしたい」とリビングへ集めた。


 話は掻い摘んで、ヴェロニカが病に冒されている事実だけを伝え、自身は医者のような立場で彼女を面倒見ているのだと説明した。


「いまさらだが、森では大した自己紹介をしていなかったな。ヴェロニカ同様、俺も大英雄と呼ばれる奴らしい。あまり興味はないんだが……」


 取り出した身分証の金貨には、杖を止まり木にするフクロウが彫刻されている。刻まれた名は〝キング・オブ・ワイズマン・テルミドール〟とあり、彼が大賢者セレスタン、および大英雄であることを示すものだ。


「つまりオフェリアは、そんな大英雄の方々と知り合いだったと」


 疑いのまなざしが向けられて、オフェリアはするりと視線を逸らす。


「まあ、コネというのは大事ですから。私ってほら、孤児院出身ですし」


 勘の鋭いジョエルを誤魔化し続けるのは難しい。そのうち気付かれてしまうのは明白だ。早めに話す決心をつけろとばかりの痛い視線がセレスタンから注がれた。


「まあいいさ。君の事は、まだ殆ど聞いたこともないんだ。でも何か隠しているのなら、いつか話してくれるんだろう? そのときまで待ってるよ」


「……うふふ、優しいですねえ、お嬢様は」


 とはいえジョエルも、彼女がさぞや良い名家に貰われたに違いないという推測しかしておらず、彼女が大英雄の一人だとは露とも思っていないのだが。


「話は済んだかね。では本題へ入りたい」


 ぱんっ、と手を叩いて注目を集める。


「まず今回の件を皇帝へ報告しなくてはならない。しかし、今から戻るとなるとお前たちでは時間が掛かるから、空を移動できる俺が行くとしよう。その代わり、お前たちにはここでヴェロニカの看病をしてもらいたい」


 現状、ヴェロニカの症状は彼が作った薬でのみ進行を抑えられる。実際には病ではなく呪いのため、大賢者である彼にとって進行を抑える事自体は不可能な構築ではなかった。ただ、治癒となると強力な魔力が阻害して難しく、場合によってはヴェロニカの命を奪いかねない、とても際どい状態だ。


 とはいえ、今はオフェリアも連れていけず、仕方なくセレスタンが名乗り出るしかなかった。彼はとても恨めしそうに「本当に仕方ないんだが」と念押した。


 ロイナもジョエルも、その頼みには快く応えた。


「いいですわ、大賢者様。私たちで出来る事でしたら」


「もちろん。協力しよう、命の恩人だからね」


 快い返事がもらえたところで、急がねばならないとセレスタンはさっそく皇帝バルテロに報告へ向かうと島を出ようとして、見送りに来た彼女たちに──。


「そういえばひとつ言い忘れていた事があった」


 びしっ、と指を立てて彼はニヤっと笑う。


「俺の仲間、シャーリン・ヴァイオレットという女に、ここへ来るよう伝えておいた。皇都に戻る前にヴェロニカに挨拶でもどうだと偶然にも声を掛けてね。実は近いところで滞在していたらしくて夜にも到着するはずだから、よろしく頼む」


 いきなりの話に、ついオフェリアが「はあ?」と言ってジョエルに熱い視線を注がれて、慌てて取り繕うように口元に手を当てながら。


「いやあ、ちょっとめんどくさいとか思っちゃってえ」


 誤魔化すのに本当は会いたい気持ちを隠してめんどくさいと言った事に胸を痛ませた挙句、ジョエルには呆れられたので、今にも泣きたくなった。


「フッ……相変わらず面白い奴だ。では行くとしよう」


 強い風がふわっと吹き、階段を走ってのぼるように空を駆けていく。彼は手を振って別れを惜しみながら、「近いうちにまた会えるのを楽しみにしている!」と大きな声で告げて去っていった。


「行っちゃいましたねえ。今はヴェロニカの容態も安定してますし、夜には目を覚ますだろうと言ってましたから、そのときに薬を飲ませましょうか」


「わかった。それまでは何をしたらいいかな?」


 うーん、と考えてみる。特筆してすべき事はない。ヴェロニカを看るくらいで、あとはシャーリンを迎える。それだけだ。しばらく悩んで捻りだしたのは──。


「じゃあ、せっかく海が近いので、釣りでもしてみます?」

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