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大英雄はメイド様  作者: 智慧砂猫
第一部

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第25話「身に受けた呪い」

 自信たっぷりに自己紹介して、胸を張った。ちょうど魔獣戦争についての記事をしっかり読んでいた頃だったジョエルは、彼女がその一人だと言うので驚いて目を丸くする。だが、納得はいった。目にした事のない巨大な怪物を、いとも容易く退治してしまったのだから、信じないほうが無理がある話だった。


「大英雄……四人いる、その一人が貴女だと」


「誰にも言った事ねえんだけどな。目立つと嫌だろ?」


 ズボンのポケットにいつも入れているコインを取り出す。


「こいつはアタシの身分証。皇家から与えられたもんさ」


 少し大きめの金貨には、〝クイーン・オブ・ナイト・エッケザックス〟と名前が刻まれ、オフェリアと同様に王冠(ティアラ)がデザインされている。


「つまり、てめえは名誉ある大英雄、このヴェロニカ様に命を救われたってわけだ。……おい、オフェリア、てめえも気を付けろよ。こんな所に戻ってきて、助かったからいいけど怪我でもしたらどうするつもりだったんだよ?」


 ナイスパス、とオフェリアはスカートの裾を持ち上げた。


「それは申し訳ありません、ヴェロニカ。あなたが心配だったので」


「ただのメイドなんだから無茶すんじゃねえよ」


 何気ない会話。まずはオフェリアがただのメイドであると印象付けた。事情を知るロイナも、今はあえて静観して口を閉ざすまま。


「じゃあ、オフェリアはこの方が大英雄だと知って……?」


「そうなんですう。アリンジューム家で働いていた頃に知り合ってえ」


 ようやくいつもの調子だ。このまま上手く話を進めれば、なんの疑いの余地もなく信じてもらえるに違いないと思った。──そう、思ったのだ。倒したはずの魔獣が、その鎌首を持ち上げて彼女たちを睨むまでは。


「う、後ろ! 二人共、あれはまだ生きている!」


 頭を斧で叩き割られたはずの魔獣は、その傷が塞がりかけている。頑丈なのは皮膚を覆う鱗だけではなく、特に頭蓋骨は秀でた分厚さと強度を誇った。ヴェロニカの一撃は確かに重く、気を失うまでの威力はあり、誰でも──頭を割られた魔獣自身でさえ──死んだと感じるだけの深手だった。


 しかし、それが死体になったかの確認を怠ったがために、魔獣が回復する時間を与えてしまった。振り返ったヴェロニカが咄嗟に斧を持って正面から今度こそトドメを刺してやろうとしたが、彼女は途端に膝をつく。


「ぐっ……! くそ、こんなときにツイてねえな……!」


 冷や汗を滝のように流して胸を押さえて苦しむ。


「どうしたんです、ヴェロニカ!? あなた、いったい──」


「ちっとばかし無理が祟った……。万事休すって奴だな」


 自分の命すら危うい状況で、彼女は気丈にも笑みを浮かべながら、オフェリア以外に頼れる状況でない事を申し訳ないと悔しがった。せっかく隠し通してやれると苦手な演技までして、結局バレるのか。


 しかし、そんな事を考えている暇はないとオフェリアは何も気にしなかった。命を失うよりはずっとマシだ。


「こうなったら仕方ありま────」


 ひゅん、と何かが空を飛んできた。襲い掛かろうと大口を開けて突進する魔獣の傷口目掛けて、巨大な氷柱が突き刺さって地面まで貫く。魔法による強力な一撃。空をふわっと羽根のように緩やかに降りて来た男が、冷めた目をして魔獣の背に立った。


「海に魔獣がいるとは驚いたな。無事だったか?」


「セレスタン、どうしてここにいるんですか」


「いや、なに。お前に頼まれていた仕事の報告にな」


 セレスタンはオフェリアたちが去ってすぐにシャーリンの捜索を始め、ひと晩で居場所を掴んでみせた。既に動物を通して事情を伝えており、近いうちに帰って来ると報告のために彼女たちのもとを訪れたところ、偶然に魔獣を見掛けて、とりあえず攻撃したのだ。


「まあ、詳しい話はあとにしようか。ヴェロニカが危険な状態だ」


 息苦しそうに倒れ伏したまま動かない。セレスタンは彼女の傍に来て、そっと手を触れる。淡い深緑の光が、緩やかに身を包んでいった。


「セレスタン、ヴェロニカは何かの病気なんです?」


「ああ。三年ほど前から進行性の病に蝕まれているようだ」


 原因は不明。魔獣戦争以後、徐々に体調に変化はあったが、明確に弱々しくなり始めたのは三年前。戦えば戦うほど心臓に強い負担がかかり、普通の人間ならば意識を失ってもおかしくない激痛に襲われるのだと彼は言う。


「英雄とはいえども、病気には勝てんものらしい。ええっと……ジョエル、それからロイナだったな。ヴェロニカの家から薬を持ってきてくれ。目立つように、私の創った特別な箱の中に入れているはずだから」


「わかりました、急いでとってきます。行きましょう、お母様!」


 二人がその場から離れてから、セレスタンがぽつりと話す。


「正直に話しておくが、これは病気ではない。呪いに類するものだ」


「えっ。……どういうことなんです、呪いって?」


「発覚したのは三年前。だが、実際にはそれ以前からの症状と考えられる」


 魔獣は何種類も存在し、それぞれが特異的な能力を持っていた。ある者は高い再生能力を。ある者は優れた戦闘能力を。その中で、ヴェロニカの足を奪った魔獣は、呪いに類する能力を持っていたのではないかと彼は語った。


「どうやって解くのか、今も研究を続けているが、せいぜい進行を止めるのが俺に出来る今の最善だ。だがもしこのままいけば──彼女は近いうちに死ぬだろう」

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