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大英雄はメイド様  作者: 智慧砂猫
第一部
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第24話「怪物退治」

 二匹はジョエルたちに襲い掛からず、森から飛び出してきたオフェリアとヴェロニカを見つけて、その長い胴体をうねらせて一旦海に潜り、砂浜に向かって這うように一気に突き進む。目の前に何があろうとも(・・・・・・・)関係なく。


「おい、あいつらアタシたちを狙ってやがるぞ!」


「すみません、ヴェロニカ! 私はお嬢様たちを!」 


 あまりの出来事に唖然とさせられ、恐怖で足が竦んで動けない二人を助けようとオフェリアは先に駆けだす。それをサポートするのをヴェロニカは良しとして、魔獣に向かっていった。砂の中に隠してあった大きな三日月斧を取り、両手にしっかり握りしめて──。


「ちっ、しゃあねえよなあ! こうなったら!」


 一匹を側面から叩き、もう一匹にぶつかり合わせる。爆薬でも炸裂したような勢いで砂が舞い上がり、二匹の魔獣の巨体がうねって暴れた。


「さあ、お嬢様。ここはヴェロニカに任せて森へ!」


「私は大丈夫だから、お母様を守ってあげてくれ」


 背中を押されて、まだ心身ともに丈夫なジョエルは、冷静になんとか歩けたが、ロイナは違う。あまりに現実離れした光景に全身が震え、立つことさえままならない。産まれたばかりの小鹿よりも頼りない状態だった。


「ええ、奥様は私が連れていきますから、早く行って!」


 ロイナを抱き上げ、「少々失礼致します」と森へ避難させようとする。去り際、振り返ってみれば、ヴェロニカは二体の魔獣が暴れる中を鬼神の如き勢いで縦横無尽な大立ち回りを見せていた。


「……片足が無くても流石ですねえ」


 感心するほかない。自分たち四人の中で誰よりも強かった女の今も劣らぬ戦いぶりには、気品や誇りなど微塵も感じられないが、だからこそ惹かれた。


「奥様、大丈夫ですか。少し離れて待っていてくださいね」


「あ、ありがとう……もう大丈夫、自分で歩けるわ」


「でしたら、お嬢様とここで隠れていてくださいますか?」


「あなたはどうするつもり? あれはいったいなんなの?」


「あとでヴェロニカが説明してくれますから」


 具体的な説明をしている暇はない。たとえヴェロニカが負ける想像ができなかったとしても、想定外の出来事とは起きうるものだ。事情はあとにして二人を残し、急いで砂浜に戻ってみると、やはりと言わんばかりにまだ戦いは続いている。たった二撃で仕留められるはずの、陸地で最強の人類とも言えるヴェロニカの息が上がっていた。


「ご無事で何よりです、ヴェロニカ。でもどうしてそんなに疲れていらっしゃるんです? あなたらしくもないじゃないですか」


「ばっきゃろ……。てめえの首が落とされたくねえなら手伝え!」


 投げ渡されたナックルダスターを素早く手に嵌めて、オフェリアはため息をつく。


「あんまり好きじゃないんですけどねえ、コレ」


「黙って働け、メイドなんだろうが」


「私はお嬢様のメイドなんですう~! こっちは専門外!」


「嘘つくんじゃねえ、どう見ても専門だろ!」


 軽口を叩き合っても目つきは真剣そのもの。スカートを舞わせ、俊敏な身のこなしで鋭く魔獣の頬に拳を叩きこむ。たとえ硬い鱗を持っていようとも、その拳から一点集中に特化した衝撃が打たれ、内部の骨へと直接響く。


 頭蓋へ深刻なダメージを受けた一匹が、身体を大きく持ち上げたが、やがて完全に倒れて沈黙する。ヴェロニカが茶化すように、ひゅう、と口笛を吹く。


「さすが鉄拳騎士ってあだ名だけあるなァ!」


「やめてくれますう? それ嫌いなんですよお……」


 もう一匹の魔獣が逃げようとするのを、今度こそ逃がすまいとヴェロニカがトドメを刺す。背中に乗って走り抜け、その頭部に思いきり斧を叩きつけた。完全に沈黙したのを確認して、オフェリアはさっさとナックルダスターを捨てる。


「お嬢様たちもいるんですから手伝わせないでくださいよ」


「わりいわりい! こいつの調子が悪くてさ!」


 ばしっと足を叩いてアピールされては反抗的な言葉も出てこない。


「はいはい、すみませんでしたあ。私のせいで片足千切れましたもんね」


「そう怒んなって。ナイスジョークって言えばいいのに」


「負い目をそんなふうに笑えるような人、嫌いなくせによく言いますよ」


「ハハハ! だからてめえは気に入ってんだ。……さて、どうすっか」


 がさっ、と音がして振り返る。静かになったので様子を見に来たジョエルとロイナが驚いた顔をして、現実離れした光景を険しい顔で見つめた。


「オフェリア。説明してくれないか、これはいったい……?」


「私にはなんとも。ただひとつ言えるのは、」


 ちらっとヴェロニカに視線を送る。話を合わせてくれ、と。


「ちっ、仕方ねえ。アタシの正体がバレちまったか~!」


 白々しく斧を魔獣の頭から引き抜く。演技が下手くそすぎやしないかとオフェリアに睨まれたが、彼女は構わず砂浜に戻ってきて、ジョエルの前に立った。


 言えば誰かに話すかもしれない。そうなれば、どこかから噂になって、島で静かに暮らすのも無理になるだろう。それでもオフェリアがやっと手に入れた穏やかな日々を壊すくらいなら、新天地でも探してやろうという気概で──。


「アタシはヴェロニカ・エッケザックス。魔獣戦争の大英雄様だ」

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