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大英雄はメイド様  作者: 智慧砂猫
第一部
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第23話「海の魔獣」

 推測は正しい。ヴェロニカは仕留めた魔獣の一体から首を切り落とし、自らの島へ持ち帰って隠していた。不思議なことに、その首は一切腐ったりする様子もなく、ずっと元の形を保ったままだと言う。


「あとで適当な理由を付けっから、アタシについてきな」


「……分かりました、お願いします」


 信じられない事だったが嘘を吐いているはずもない。実際に目で見て確かめようと提案に乗り、見たくもない魔獣の死骸のある場所への案内を任せる。


「そうと決まりゃあ、いつまでもこうして話すのも良くねえ」


 立ち上がって、まだ話は終わらないのだろうかと待っているジョエルたちに手を振り、「ちょっくらコイツ借りてもいいかな?」と尋ねた。せっかく来てくれたのに、持て成さないのも失礼だ。しかし準備が出来ておらず、離れた場所にある食糧庫までオフェリアを手伝いに使いたいと言う。


「それなら私たちも手伝ってもいいが……」


「おう、大した量を運ぶわけじゃねえから一人でいいよ」


 厚意は受け取りつつ、優しく断る。食事の準備は人数分だけなので、二人で運べば十分だ。大人しくジョエルたちは待つことになり、すんなりと受け入れてもらえたあとは、ヴェロニカが「少し時間は掛かるぜ、ちょっと離れてるからな」と話す。


 たった数分でも引き延ばせれば御の字だ。


「では少々お待ちくださいねえ、すぐ戻りますので」


「ああ、お母様とゆっくり待ってるから、怪我だけはしないように」


「もちろんですう、お嬢様の指示なら絶対に!」


 怪我のしようもないのだが、そう返事をして安心をさせ、二人で島にある小さな森へ入っていく。小さいとはいえ一人で暮らすには大きすぎるくらいの規模があり、とても小さな森の中には、万が一にも海賊が入ってきたときのために食糧庫を隠していて、その近くに大きな布を被せて魔獣の首を置いている。


 ヴェロニカは五分ほど歩いた先で、周囲に人の気配がないかを確かめてから、掛けてあった何枚もの大きな布をがばっと取り払う。


「こいつだ。蛇っつうか、龍っつうか、とにかくデケェんだ」


 あらわになったのは鱗に覆われた岩肌のような固い皮膚と、今は光を失った巨大な眼。頭部だけでもすっぽり人間が収まってしまうくらいの巨大な口には唖然とした。これまでの魔獣よりもいくらか大きいのだ。


「こんなのが海の中にいたんですか?」


「冗談キツいよな。それが三匹もいやがったわけよ」


 近海で船を襲ったなどの話は聞かず、ある種の知性でも持っているのか、海中にいたヴェロニカに襲い掛かったが、一匹が殺された直後に動きを止め、しばらく睨み合ったあとに、どこかへ去ってしまった。


 さすがの彼女も海中では追いかけられるほどの速度で移動は出来ず、ただ二匹が遠く暗い海のどこかへ消えていくのを見送るしかなかった。


「アタシの三日月斧(バルディッシュ)でも、まあ二回は叩かねえと完全に斬り落とせなくて困ったもんだった。んで、そのあとにてめえから議会の招待状を受け取ったのが、それから二日経っての話だ。……どうにも嫌な気配がすると思わねえか?」


 確かに、と魔獣の首を見つめる。魔獣戦争の際に見たのは、陸を制圧する、狼や猪、熊に似た魔獣たち。それから空を飛ぶ、巨大な怪鳥。彼らは現れてから目的なく、ただ腹を満たしたり、壊したりする本能や衝動に従って暴れ回っていた。しかし海に棲息しているのは初耳で、しかもこれまでヴェロニカ以外に目撃した者はおらず、襲撃すら受けていないのなら、かなり知性的なのだろうと感じた。


 そのうえヴェロニカが握る武器は、破壊力が人間の範疇を超えた代物になる。まさに怪力無双と呼ぶに相応しい強さを持つ彼女でさえ、二度も叩かなければ斬れなかったと言わしめるだけの硬さとなると、それなりに魔獣の中でも上位に位置する怪物なのかもしれない、と立てたくもない仮説を立てざるを得ない。


「理解に苦しみますねえ……。好き放題に暴れ回ってないだけマシだと思うべきなんでしょうけど──ん? なんですか、これ?」


 ふと口の傍に転がっているきらりと光った何かを見つける。それは議会でノイマン・アリンジュームが見せた黒曜石と同じものだった。


「……? 変ですねえ、なんでこれがこんな所に?」


 魔獣が現れるときに自然発生するという魔力を含んだ宝石。それが魔獣の死骸から見つかったことに首を傾げる。三匹がどこからともなく現れたとして、それがなんらかの理由で口に入ったのか、あるいは知能を持っていると仮定して、持つことに意味があったのか。どちらにせよ、なぜか強烈な違和感がぬぐえなかった。


「きれーな宝石だな。高く売れそうに見えるけど」


「売りませんよう、かなり貴重な代物らしいのでえ」


 ノイマンから聞いた話をそのまま伝えると、ヴェロニカも不思議そうに「そんなもんを魔獣が持ち運んでたって言ってんのか?」と、そんなに大事なものなら知能的な他の魔獣が回収しそうなものなのに、と疑問の残った複雑な表情を浮かべた。


「……なんか、きな臭えな」


「私も同意見ですう。これはなんというか──」


 言いかけたオフェリアだったが、突然に聞こえてきた悲鳴にバッと振り向く。それはヴェロニカも同じだ。砂浜の方角、ジョエルたちがいる場所からで、危険を察知した二人は瞬時に、言葉を交わすこともなく全力で駆けだす。


 何かが起きたのだと慌てて戻ったとき、目を疑った。


「おいおい、まじかよ。こんな浅いとこでも来やがるのか」


「冗談がキツすぎると思いますよう、流石にねえ」


 海から突きだす長い胴体。鋭い牙をいくつも携えた巨大な口を持った頭。まさしく海の支配者のように思える二体の魔獣が姿を現していた。

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