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大英雄はメイド様  作者: 智慧砂猫
第一部
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第22話「見せたいもの」

***




 港町パシヴァル。澄んだ青い空。広がる海。真っ白な街並みに魅了される美しい場所。少し船を出せば小さな島がいくつかあり、穏やかな気候のおかげで、バカンスに適した良い日和が年中続く。もちろん稀に嵐に見舞われることもあるが、小さな島々にある富豪たちの別荘は、アリンジューム家の作った魔法による強固な防護壁によって常に守られる。そんな島のひとつに、ヴェロニカは暮らしていた。


 先に観光でもとオフェリアは提案したが、もっとゆっくり時間を摂るなら、先に用を済ませたほうが良いとジョエルに諭されて、仕方なく船の手配を優先した。会うのは二人に内緒が良かったのだが、そう上手くもいかないようだと肩を落とす。


「……それにしても、荷物多いですねえ」


「あはは、ごめんなさいね。こんなに貰うなんて」


 いつの間にかトランクの数が増えていた。村で採れた野菜や果物を袋に詰めて分けてもらったり、ずっとクローゼットにしまつていたロイナの服が、体格の似ているジョエルにも合うのではないかとあれこれ持たせたのだ。


 気付けばオフェリアはいっぱいの荷物を抱えていた。


「あとでヴェロニカに伯爵邸へ届けて頂きましょう」


「あの人、魚の配達だけじゃないのか?」


「ええ、頼めば運んで下さるみたいですよ。ほら、これ」


 丸めた紙をぴらっと広げる。ヴェロニカが帰る前にオフェリアに渡した、彼女の配達依頼受付のチラシだ。でかでかと『どんな荷物でも、数日以内にお届けします』と書かれている。誰もが一度は疑う文言だが、今まで一度たりとも遅れたことはない。


「あ、それより船の準備が出来たみたいなので行きましょうか」


 知り合いだと言う漁師が快く船を出してくれた。港町ではヴェロニカ・エッケザックスは幸運の女神として知られる。喧嘩が強く、町にいたごろつきも簡単に追い払い、それから近海に現れていた海賊たちも、めっきり姿を見せなくなった。


 漁師たちにとっても、町に住む人々にとっても、今ではなくてはならない存在。顔を知らない人間などいないくらいだった。


 そうして彼女の住む島までやってくると、待ち構えていたかのように砂浜で焚火をしながら、魚を焼いて昼食を摂っている姿を見つける。


「おー、来たかよ。えらい荷物の量だな、泊ってくのか?」


「泊って行く以外に仕事頼みたいって言ったら怒りますか」


「配達依頼なら誰だろうと受けてるぜ、格安でな」


 料金たったの銅貨三枚。りんごが二個買えるくらいの値段しかない。そんなもので良いのかとジョエルは驚きを隠せなかったが、彼女の財産が死ぬまで贅沢しても余るような額であることをオフェリアは知っている。


「そんな額で仕事を受けて生活できるのか?」


「ん? なっはっは! 貴族が他人の心配とは面白ぇなあ!」


 あまりに可笑しかったのか、腹を抱えた。なにしろ貴族など平民には興味も示さないのが当たり前。むしろ下卑たものでも見るような蔑みや、奴隷として飼う事を考える者さえいる始末だ。そして富と権力の放つ甘い匂いには敏感で、蜜に誘われる虫も同義だった。ヴェロニカはそんな彼らを軽蔑していて、せいぜい心を許しているのはヒペリカム男爵家のような人柄の人間だけ。


 いくらオフェリアが仕えているとしても、ジョエルの事は信用していなかったが、意外な質問が飛んできたのを受け止めてげらげら笑う。


「綺麗な身なりしてるくせに可愛い質問だ。気にしなさんな、お嬢ちゃん。こう見えてアタシはめちゃくちゃカッコいい大──んもがっ」


「大富豪なんですよねえ、実はねえ。伯爵家も目じゃないくらい」


 慌てて口を塞ぎ、誤魔化すように笑って逃げる。捕まえたヴェロニカの首に腕を回して「やめてもらえます、いきなり身分バラすの」と真剣に言った。


 わざわざ言わないだけで、他の三人が隠しているのとは違い、彼女はオープンな性格だ。もし聞かれる事があればあっさり答えてしまう。慌てて口を塞がなければ自分の身まで危うい。明らかに不満げな目が強く訴えた。


「悪い悪い。そういやてめえらは誰にも身分明かさないんだったな。……でも、んじゃあ、今日はどうすんだよ? 見せたいものがあったってのに」


「それってよほどの事なんですか、私たちに関わるような」


 ヴェロニカの口ぶりはまさにそうなる。他の二人がいてはとても見せられるようなものではないのなら、オフェリアが大英雄として関係ある話なのだ。彼女自身もそれを否定する事なく、ジョエルたちを一瞥してから僅かに頷いて返す。


「こいつはそのうち全員集めるつもりだったんだがよ。どうしてもシャーリンだけは居場所が分かんねえから困ってた話なんだが……ちょうどてめえがそこへ来て例の議会からの招待状を持ってきやがっただろ。それで先に言っておこうと思って」


 ヴェロニカは二人に聞こえないよう細心の注意を払いながら、そっと耳打ちする。


「──海に魔獣がいやがったんだ。鮫もひと呑みにしちまいそうな、蛇みてえなデカいのが三匹。一匹は仕留めたが、二匹には逃げられた」


 驚きつつもすんなり受け入れたオフェリアだったが、ほんの刹那のあいだで違和感を覚えて「まさか」とヴェロニカに向かって──。


「もしかして見せたいものって……死骸ですか?」

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